フランスの記述は、百科全書的と表現すると語弊があるかもしれないが、細かな各論点を網羅的に抑え、まとめとして思想的背景を加える傾向にあり、記述自体は淡泊だが、アメリカの記述は論理の展開に躍動感が感じられ、その分人によっては大事に感じられる論点に漏れがあるケースがあると言うとやはり語弊があるかもしれないが、ここら辺は個人的な訳後感として聞き流して戴ければと考えるときがある。
日本国内の情報に囲まれていると世界全体の様々な流れが伝わってこないので、少々無理をしてみたが、これらの訳を始める前の感覚と訳を終えた後の感覚を比較したところ、意外と変化が少なかったことを振り返ると、普段からどのような情報を取りに行っているのかといったこととやはり普段から周りから完全に独立して健全な懐疑的精神といったものを育んでいることがプラスに作用したのだろうかいったことを考えることがあった。
ドイツ銀行のアナリストが指摘している「福島の事故によるグローバルな衝撃は、現在及び将来のエネルギーの方向性を決定するときに、どのように国家はその住民の健康、安全、安心、自然環境に優先順位を与え、価値を置くかに関する国民の認識における根本的なシフトを与えている」といった部分に関し、前々回の「チョムスキー」に関する記事を参考にすれば「国家とは大企業の利益を映す影のような存在である」といった現状認識からその後の在り様を考え始めたことを「シフト」と表現しているのだろうかと考えることがあったが、それは世界的な現象であったことを指摘されたようなものであり、勇気づけられたことに対し感謝を申し添えるべきだろう。
またHSBC銀行が指摘している「スリーマイル島と福島によってアメリカの国民は大きな原子力発電所の新規建設が困難であることに気付いているかもしれず...」といった部分に関し、メディアのフィルターにも限界があり、実際今回フランスでは原子力発電所での事故に関する情報発信についてオープンで透明性の高いものにしようとの行動があったとの話をどこかで見受けたこともあったのだが、それで現在に至ってもなおメディアがフィルターを掛け続けているといった現状はあまり好ましいものではないだろう(しかし向こうも商売だからか...)との考えに変わりはなく、行き過ぎた商業主義に対し欧米なら外的に規制、アジアなら内的に抑制する点が異なるのかといった話は例外を多数含む話であり、考え方の枠組み自体がずれているかもしれないが、これはがめつければ良いといったことにはならないといった考え方を背景に存在させているからかもしれない。
UBSの研究によれば、福島の影響として世界において約30の原子力発電所が閉鎖されるかもしれず、その理由の1つに地震帯に位置していることが挙げられており、他方でNancy Folbreは「福島第一原子力発電所の大災害における最大の肯定的な影響は再生可能エネルギー技術の商業化に対する国民の支持を取り戻したことになる」と述べており、実際のところアメリカではテキサス州における2つの原子力発電所の新規建設を廃止したNRG,Inc.による決定があり、他方フランスではRTEが原子力発電の割合を75%から50%に低下させるシナリオを模索しており、福島直後は人口の55%が原子力に賛成していたが、3月末までには57%が反対していることを示す世論調査に関し、6月6日に行われたIfopの調査ではフランス人の77%が遅かれ早かれ原子力から抜け出したいと願っていることを示していることを考慮するとまだまだ議論は始まったばかりであるとの印象を受けているが、それでもヨーロッパが進んでいる点はチェルノブイリの教訓を忘れていないことにあり、それを活かしていることにあるのだろう。
いずれにせよ世界各国において政府と住民の姿勢の乖離が白日のものに晒されている問題でもあり、類するものは他にも色々あろうがそれはそれとして、国境を越えて協力する例も見受けられ、それは「フランスで一番古いFessenheim原子力発電所を永久に閉鎖することを求める圧力がフランスや隣国のスイスやドイツにおいて大きくなってきている」といった部分によっても示されており、世界におけるビジネスの側でのコンセンサスが受け入れられていない訳だから、やはり十分に議論を重ねて(この段階でコンセンサスをでっち上げようとするのも世界的な現象だろう)独立した個々の投票による解決を選択肢に含めることが妥当であろうとの考えに変わりはない。
前回同様これが全てであるとは言及しないが、フランスとアメリカのWikipediaの「国家のエネルギー政策に対する福島の事故の影響」等の一部を訳すことにより上記の知見をサポートすることにする。URLは以下に示されるとおりになる。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Accident_nucléaire_de_Fukushima
福島原発事故
7 経済的影響
原子力発電所の所有者であり事業者であるTEPCOは、影響を受ける各自治体に180,000ユーロを支払い、20km圏内に居住する80,000の各家庭に8,000ユーロを支払うと発表した。同社は地方自治体とともに影響を受けた企業、農家、漁師に対する補償を選択していく予定である(漁はプラントの半径20マイル以内では禁止されている)。補償は原発事故以後数ヶ月以内に支払われるはずになる[321]。
7.1 保険
必要とされる補償範囲の程度は日本における地域ごとに異なり、事業者の経済的責任に関する上限は存在していない[322]。ルモンドによれば「福島のプラントはもはや2010年8月以来補償の対象になっておらず、利潤に対する民事責任の対象となるリスクが存在していた」[323]。さらに日本のプラントの保険は地震や津波による損害を除外している[324][325]。
国際的に原子力事故の保険は「1960年7月29日のパリ条約」の対象となる[326]。原子力事業者は保険業者であるAssuratomeのプールを確認すべきであるが、これを共有することは大事故の際それらの事業者に不十分な基金しか供与しないことになる。例えばフランスの原子力事業者は541,000,000ユーロに及ぶAssuratomeによる介入の能力を備えている(それは700,000,000ユーロまで増加することが期待されているが、INESの尺度におけるレベル6や7の原子力大事故による損害のコストよりはるかに少ないものである)。福島においては補償はAssuratomeが供与できるものより数桁大きいものになるはずである[322]。
原子力事故の保険はそれゆえ特異であり、事業がプラントの事業者と対象となる国家の間で共有されており、言い換えれば市民と納税者の間で共有されていることにもなる[327][328]。
3月23日、時事通信は、損傷を受けたプラントを修復し、福島のプラントを解体することを助けるために、日本の金融機関が2,000,000,000,000円(17,400,000,000ユーロ)を事業者であるTEPCOに融資することを発表した[329]。
7.2 輸入品検査の措置
3月17日(木)、欧州連合の食品・飼料のための緊急警告システム(RASFF)は、加盟国に日本からの食品について放射能汚染の検査を行うことを勧告した[330]。
3月21日から多くの国々がそれらの検査を強化し、日本からの食料の輸入をブロックしていた。台湾の行政院衛生署は、日本列島からの生や冷凍の果実、野菜、海産物、乳製品、ミネラルウォーター、インスタント麺、チョコレートやビスケットにおける放射性物質の検査を強化することを決定した[331]。アメリカは、製品が健康的であると宣言されない限り、福島、茨城、栃木、群馬からの日常品である果実や野菜の日本からの輸入を禁止した[332]。さらにFDAは日本からのすべての輸入食品を検査した。ヨーロッパは日本国内からの動物向け飼料を含む特定の輸入食品に対して検査の措置を課した[333]。
すこし前の週に魚や貝の検査を課していたフランスは3月23日に欧州委員会の一部に欧州連合の周辺における日本からの新鮮な食材の輸入に関する「システマティックな検査」[334]を要求していた。Xavier Bertrandによれば政府は「エコロジー・持続可能開発・国土整備省、農務省、経済・財政・産業省、消費者庁の税関サービスにおいて食品総局長に」日本からの新鮮な食材における検査の実施を求めていた[335]。
2011年3月25日、欧州委員会は、例えば牛乳やほうれん草のような日本からの特定の食料品における放射性物質の割合が日本における食料品の汚染における閾値を超えたことを知らされていた[333]。
欧州委員会はそれゆえ輸入品に対し衛生管理の予防措置を適用することを決定した。輸出前の義務的検査が影響を受けた都道府県や緩衝地帯からの食料や飼料に課され、ランダムテストを日本からのすべての輸入品に課すことが勧告された。汚染の最大許容レベルは1987年12月22日の規制No.3954/87(ユーラトム)で規定された[333]。ドイツの消費者団体によれば、このことは日本から輸入された食料品に含まれる放射性物質の限界を引き上げ、その限界はチェルノブイリ事故になされたユーラトムの規制No.733/2008を暗黙の対象にしていた[336]。
フランスではOnnaingにあるトヨタの自動車工場の労働者が日本からの特定の部品の放射性物質のリスクについて懸念を表明した。現場管理者によれば、いかなる部品も5週間前には十分には供給されておらず、輸送は船舶によって行われていた。その間東日本大震災後製造された日本の部品が工場の中で認められていた。抗議に直面して、現場管理者は輸入された部品の検査を実施した[337]。
8 国家のエネルギー政策や世論の反応における影響
この状況は明確にそのようなシナリオを用意していなかった日本の原子力の脆弱性に注目しているが、国内のエネルギー生産における原子力の割合と同時に規模の大きなシナリオにおける特定の施設の信頼性を再考することを求めている多くの国々のエネルギー政策に対して影響を与えている。
IAEAの事務総長である天野之弥は「原子力プラントの安全性における社会全体の信頼は世界全体において深く揺らいでいる。そのため私たちはこれらのプラントの安全性を高め、放射線のリスクに関して透明性を確保するために懸命に作業を継続しなければならない。この方法でのみ福島第一により投げかけられた疑問に答えることが可能になる」と述べていた[338]。
欧州連合は、2011年以内に安全基準の強化とリスクの再評価のために全てのヨーロッパのプラントに対する耐性検査のための組織を立ち上げることを公表した。フランスでは原子力安全局が原子力の監査に対する責任を有している。ドイツは2011年4月中頃、9年以内に原子力を段階的に廃止することを決定し、原子力エネルギーの利用におけるディベートがベルギー、フランス、イタリアを含む欧州連合の多くの国々において行われている(それは結局のところ原子力発電の再開を拒否している)。
事故の収束を待たずに、日本は2011年5月により高い安全性を求める政策や再生可能エネルギーを開発する努力へのシフトを公表した。そして日本は浜岡の原子力プラントの稼働を停止させた。
アメリカは同様に原子力の安全性に対して懸念を示しているのだが、他方でロシアはその安全性に対し自信を示している。
国家のエネルギー政策に対する福島の事故の影響
2011年3月11日、マグニチュード9の地震が津波を引き起こし、日本の東北の太平洋側を荒廃させ、福島の原発事故の原因となった。原子力プラントは損傷を受け、冷却システムが稼働せず、多くのリアクターにおける炉心の溶融が格納容器を破損させ、放射性物質を放出させた。
この事故は多くの国々のエネルギー政策に対し影響を与え、各国は国内のエネルギー生産における原子力の存在や事故時の施設に対する信頼性を再考することを求められた。
原子力エネルギーの利用におけるディベートが欧州連合の多くの国々で行われた。フランス、イギリス、スウェーデンを含むいくつかの国々が原子力のオプションを保有し続けることを示しており、ドイツ、オーストリア、スイスを含む他の国々は原子力発電を段階的に廃止するか、事業を継続しないことを確認している。平行して欧州連合は、安全基準を強化しリスクを再評価するため、2011年以内にヨーロッパの全てのプラントに対しヨーロッパの耐性検査(監査)を行う組織を立ち上げることを発表した。
日本は2011年5月にプラントの安全性を高め、原子力発電の割合を低下させるために再生可能エネルギーを促進する政策にシフトすることを公表した。そして日本は浜岡原子力発電所の稼働を停止させ、新規プラントの建設を凍結した。
アメリカは原子力の安全性に対して懸念を示しているのだが、ロシアは彼らの施設に対し大きな自信を示しており、イランの国民は当局によって維持された原子力プログラムに疑問を投げかけている。
1 国家間において
福島の事故の前後における原子力発電に対する国際的な世論の展開がBVA研究所やWin-Gallup Internationalネットワークによって47ヶ国において行われたサーベイの中で研究されている[1]。
2 IAEA
IAEAの事務総長である天野之弥は「原子力プラントの安全性における社会全体の信頼は世界全体において深く揺らいでいる。そのため私たちはこれらのプラントの安全性を高め、放射線のリスクに関して透明性を確保するために懸命に作業を継続しなければならない。この方法でのみ福島第一により投げかけられた疑問に答えることが可能になる」と述べていた[2]。
福島の事故に関するIAEAの専門部会は2011年6月16日にレポートを報告した[3]。このレポートは特に、不十分な津波対策や事故時に用意されていた援助協定における実施の欠如(特に援助と安全性における国家とIAEAの間の協力)を批判している。原子力機関は日本に対して根本的に原子力セクターを変更するよう促している[4]。
3 ヨーロッパ
原子力災害のリスクとメディアによる激しい報道はドイツ、ベルギー、フランス、イタリアを含む多くの国々における原子力エネルギーの利用に関するディベートを再燃させている。
3月15日(火)、国民議会において連帯を求めるフランス首相の発表を受けて、エネルギーに関する欧州委員であるGünther Oettingerは、欧州連合はヨーロッパのすべてのプラントに対して年末までに耐性検査を行うことに同意したと述べている。この作業は希望に基づき行われ、5年間を通じ社会全体に開かれ独立した専門家によって行われなければならない。この考え方はオーストリアの農林環境相であるNikolaus Berlakovichによって着手され、オーストリアは原子力発電に対し反対している[6]。
さらに欧州委員会はヨーロッパの市民に対し安全性を確保するためのより良い情報を確保することを希望している。2011年には143の原子力プラントが欧州連合の27ヶ国の内13ヶ国において稼働していた[5]。
3.1 ドイツ
3月中頃アンゲラ・メルケルの一声によって、ドイツは、首相によって委託された監査の結果がでるまで、7機の最も古いリアクター(17機の稼働中のリアクターの内)を停止することを決定した[7][8]。その後ドイツ政府は2011年4月中頃に、リアクターを稼働せず、2020年までに原子力発電を段階的に廃止することを決定し、現在原子力によって担われている22%の電力需要を相殺するために、代替エネルギーや維持可能なエネルギーの開発・普及に数十億ユーロを投資する計画を採用した[9][10]。
3.2 オーストリア
年間電力消費量の6%を原子力エネルギーの形で輸入しているが、オーストリアは、欧州連合における150機の原子力プラントの解体と再生可能エネルギーを導入し原子力エネルギーを段階的に廃止することを求めている[11][12]。
3.3 ベルギー
2011年3月15日、ベルギーは閣僚会議を通じて、7機のベルギーの原子炉の安全性において強化検査[13]を実施することを公表した。1年のモラトリアム[14]はそのためいくつかのプラントの寿命を延ばす決定であり、2015年に採用されることが期待されている。ベルギー政府による1999年の決定は40年の稼働の後DoelやTihangeにあるいくつかのリアクターを閉鎖することを規定しており、新たな原子力プラントの建設を除外していた。以来2009年を含めてベルギーのプラントの寿命を延ばす法律を検討することは繰り返し問題になった[15]。
3.4 フランス
福島の後、いかなる国民的なディベートも国民投票もフランス政府によって公表されておらず、フランス政府は同様にあらゆるモラトリアムの考えを拒絶した。反対にNicolas Sarkozyは2011年3月24日に原子力エネルギーの選択は問題でないと発表した[17]。首相であるFrançois Fillonは、フランスの原子力施設における監査を行うための国民議会における3月15日の声明の後、2011年3月23日付けの手紙の中でフランス原子力安全局におけるその監査の実現を述べていた[18]。この監査は、洪水、地震、電源喪失、冷却系の喪失のリスクや、同様に事故時のオペレーションの管理に焦点をあてていた。なされた診断結果における改善の提案は2011年末までになされることが期待されている[19]。
フランスの原子力における衝撃
2011年4月にフランス電力公社は事故時にさらに適切に対応するための国家の応急措置である「タスクフォース」を設立することを提案し、「敷地において24〜48時間以内に移動可能な輸送手段と人員とともに電力と水といった支援のための補充物資」のストックを確保することを含めている。フランス電力公社は同様にその発電所の設計、例えば原子炉や燃料貯蔵プールを再評価した(内部監査により)[20]。首相によって要望された監査にしたがって、フランス原子力安全局による改善の要求は2011年末までにおこなわれることが期待されている。平行して、送電系統管理部門であるRTEは2030年までに原子力発電の割合を75%から50%に低下させるシナリオを模索している[21]。
デモ / 世論
3月20日(日)、Chalampé(Haut-Rhin)で10,000人規模のデモが地震地帯の断層の上にあるFessenheimの原子力プラントの閉鎖を求めた[22]。ドイツではFribourg地区のCDUの2人の代表を含む地域情報監視委員会(CLIS)のメンバーは3月21日にFessenheimにおけるモラトリアムのための要求を提出した[23]。フランスはプラント稼働の凍結に関するこの要求に回答しなかった。
多くの反原発デモの内、大規模なものは同様に2011年3月から5月に組織され、特に2011年4月24,25,26日にチェルノブイリの25回忌に重ねてフランス全土で行われた[24]。
アクションの日は6月11日に組織され、パリでの宣言を含むフランスにおける核オプションに反対し本当の意味でのエネルギーシフトを肯定する方向性をもつ55のアクションが行われ、祝われた[25]。
6月6日に行われたIfopの世論調査はフランス人の77%が遅かれ早かれ原子力から抜け出したいと願っていることを示していた[26]。
3.5 イタリア
チェルノブイリの大災害から生じた1987年の国民投票にしたがって、イタリアは原子力発電所を廃棄し、原子力プラントを保有しない決定をした。しかしシルヴィオ・ベルルスコーニの政府は2010年にイタリアで原子力プログラムを再開することを決めていた。フランス電力公社とイタリアのEnelは特に4機の加圧式のリアクター(EPR)を建設するために2009年に手を組んだ。日本での事故は、ベルルスコーニがそれを2年に延長することを考える前に、イタリアの政府に1年のモラトリアムを宣言するように導いていた[27][28]。第二段階で、4月19日にイタリア議会は、疑問を抱きながら6月に行われる国民投票を待つことなく、イタリア半島での原子力発電の再開に反対する投票の準備として政令34の修正を位置づけている[29]。2011年の6月12日と13日に行われた国民投票の結果は明白である。イタリア人は圧倒的に(56%の投票者のうち約95%)原子力を廃棄することを選択し、原子力エネルギー政策を再開する意図をもつ2009年7月の法律にノーといった[30]。
3.6 イギリス
福島の後、イギリスはその31のプラントを交換する意思を維持している[31]。事実、5月中頃に公表された、原子力規制局(イギリスの規制機関)から委託されたレポートの暫定的な結論は、日本に起こったそれと類似した津波はイギリスで起こりうるものではないことを確認している[32]。それゆえスイス、ドイツ、イタリア...といった政府と異なり、環境・食糧・農家相であるChris Huhneは、「暫定的なレポートの中の安全規制当局によって定められた26の勧告を考慮した準備により、現在の政策を継続しない理由はないと理解している(11〜14ページ)」[34]。2011年7月18日、イギリス議会は14対267票[35]によって「原子力政策における国家の宣言」を承認し、同様にイギリスにおいて新規原子力プラントの建設のプログラムを確認し、また議会は新規プラントを受け入れることを付与した立地のリストを確認している[36]。
3.7 スウェーデン
CO2の排出の削減で最先端でありたいスウェーデンは原子力を再開する計画とともにその頂点を維持している[37]。2009年の計画は1980年に国に課されたモラトリアムを除き、稼働中の10のリアクターの最新化と交換をもたらした[38]。
2011年5月に、スウェーデンの環境相であるAndreas Carlgrenは2022年の後には原子力発電を段階的に廃止しているだろうドイツの決定を批判していた。スウェーデン国内の電力事業者であるVattenfallグループは、2007年以来停止していたBrunsbüttelやKrümmelといったドイツのプラントにおける投資を通じ、ドイツの原子力発電容量の7.2%を管理しており、Brokdorfも同様である[38]。
3.8 スイス
福島の事故の後、スイスは稼働中の5機のリアクター(4つの原子力プラントに分散されている)を保有しており、1969年から1984年の間に建設されており、新規の原子力プラント建設のプロジェクトが進行中であった[39][40]。
事故後、環境・交通・エネルギー・通信相であるドリス・ロイトハルトはプロジェクトの即時凍結と既存のプラントの安全性における検査の実施を求めた[41]。それから連邦参事会は2011年5月25日に原子力エネルギーの段階的廃止を公表し[42]、原子力プラントを更新しないことを決定し、50年に1回、言い換えると2019年から2034年の間に、稼働停止の措置を行うことを選択した[43]。
稼働中の5機のリアクターが国の電力消費の40%を生産しているが、原子力の廃止の結果は次の3本の主要な軸(水力はすでに飽和している)、省エネルギー、再生可能エネルギーの開発(風力、太陽光、バイオガス、バイオマス)、輸入に関わっている。このことはGDPの0.4%から0.7%に相当する推定されたコストと15%から60%の間の電気料金の上昇をもたらす(ソースに依存する)[44]。
4 アメリカ大陸
4.1 カナダ
福島の大惨事の後、カナダの原子力産業は、国の原子力発電所の全体を構成しているCANDUといったリアクターが日本の発電所を構成している沸騰水型原子炉(BWR)と根本的に異なる概念であるといった事実を支持するコミュニケーション戦略を実施していた[45][46][47]。
稼働中の18機のリアクターの内16機が存在し、原子力エネルギーが発電量の約半分を占めているオンタリオ州では、当局は安心を求められていた。安全性の評価の後、公共事業者であるOntario Power Generationは、開発したプラントは「安全で、頑健で、緊急事態に対処できる」と結論づけた[49]。しかしながら反原発の活動家は、事業者が自己満足しており、緊急事態に一致している優先事項を削っている結果を肯定していると非難した[45]。
その発言はニューブランズウィック州に似ており、それは発電量の3分の1を原子力に頼っていた[48]。州の原子力プラントであるPoint Lepreauのみが2008年4月から大規模なメンテナンスを停止しており、3年後の2012年には稼働を再開するはずである[50]。2011年7月、リアクターであるCANDUにおいて380本の管の再架設が成功したので、2012年再稼働の見込みが想定通りに高まった[51][52]。
状況はケベックでは異なっており、そこでは原子力エネルギーは電力のわずか2%しか占めていなかった[48]。環境と経済的な動機を引き合いにして、ケベック党は2009年以来その改修よりむしろGentilly-2の閉鎖を提唱していた[53][54]。日本の事故の2週間後、ハイドロケベック社はプラントを永久に閉鎖する可能性を排除せず、「知らされ考慮された決定を実施することを可能にするために州政府にすべての情報を」提供することを約束した[55]。2011年6月に、カナダの原子力安全委員会はプラント操業のためのライセンスを更新しており、ケベック州がプロジェクトを前に進めるので、2012年に始めなければならない改修を認可していた[56]。
4.2 アメリカ
アメリカにおける原子力の再開を考慮し、バラク・オバマは当初沈黙を保っていた。新規建設が進まなかった30年間を経て、2009年12月31日に稼働中の104機のリアクターを抱えていたアメリカは実際2011年に基金、貸し付け、$10,000,000,000におよぶ予算を設けており、老朽化したプラントを更新するために数千億ドルの投資を狙っていた[57]。Joseph Liebermanを含む連邦議会議員は3月13日(日)にモラトリアムを求めており、一方アメリカ商工会議所のエネルギー委員会はSteven Chuと共に水曜日に問題についての公聴会を計画していた[58]。
3月16日(水)、バラク・オバマは日本を支援することに対する関心と保証を表明する一方、アメリカにおける原子力プラントの安全性と性能を改善することを強調し、問題を再検討することも59機の新規プラントを建設するプログラムに言及することもなかった[59]。また地震が頻発する地帯にあるカリフォルニアは稼働中のいくつかのリアクターを抱えていた。
5 アジア
5.1 アブダビ(首長国)
福島の事故にもかかわらず、UAEは原子力のオプションを維持している[60]。
5.2 中国
福島の事故後、中国の当局は61機のプラントにおける監査を行うことを決定した。国務院は同様に新規プラントの承認を凍結する決定を行った(2011年5月時点、26機のリアクターが建設中であり、34機がすでに承認されていた)[62]。
5.3 インド
インドの首相は3月14日に20機のプラントの監査に言及した。しかしながら平和と発展のためのインド医師の会(LEAD)を含め、原子力に対する反対勢力(6機のプラントが建設中で、14機が計画されている)が活動を行っている。批判は特にTarapurプラント(4つの施設)に焦点をあて、それは福島のプラントと同じタイプの技術を用いていた[63]。風力エネルギーにおける会議が2011年4月7日から9日にかけてChennaiのビジネスセンターで開催された。3月中頃における原子力擁護の委員会やTarapurプラントの所長による相対主義の求めにもかかわらず、JaitapurにおけるEPRプロジェクトの反対勢力は、原子力施設の安全性における解決はJaitapurにおける2機のEPRの建設におけるフランスとの契約のキャンセルを促す可能性があると主張していた[64]。
5.4 イラン
建設が1974年に始まり1979年のイラン革命によって遅れたBouchehrの原子力プラントは2011年に運転を開始する予定である[65][66]。イランは地震を受けやすい地域であり、原子力プラントはクウェート、バーレーン、カタール、サウジアラビアとの国境の近くにある。非常に暑く砂が多い地域の気候はプラントの稼働を困難にしている[67][68]。
福島の原子力事故はイランの市民の間にイランの原子力プログラムにおける長く継続するディベートをもたらした。ディベートの創始者であるHassan Yousefi Eshkevariはドイツに亡命中のイランの知識人である。彼によればイランにおいて原子力をテーマにしたディベートは、世界における残りの国々と同様にイランにおいても、核不拡散条約と核兵器にまつわる議論に時間が割かれ、ごくわずかであるが地域住民に対する施設の安全性に触れられる程度であった。彼によればいつも国内に蔓延している抑圧と検閲といった社会事情がそのようなディベートを許さず、それは常に国外で行われるのだが、知識人は出版する自由に対する権利を獲得しなければならないといったことになる[69]。福島の事故以来、イランの原子力プログラムは健康、福祉、地域経済を脅かしていると主張する読者からの手紙、インタビュー、ブログの数が増加している[68]。
隣国はBouchehrにおける事故由来のフォールアウトに対し懸念を表明しており、クウェートは原子力事故に備えるための措置を採用した[67]。マフムード・アフマディネジャード大統領は原子力プログラムは「ブレーキのない列車」であり、Bouchehrのプラントは「全て最高の安全性と基準」に準拠していると述べ、日本のプラントを「時代遅れの技術」として再度問題にしていた[68]。
5.5 日本
日本のカトリック司教に代わって、3月下旬に大阪の補佐司教は、日本と世界における原子力プラントの新規建設のプロジェクトと闘うキャンペーンを行うため、世界にいるキリスト教徒の団結を求めた[70]。2011年4月日本政府は、事故の完全な分析を終え、さらなる措置を考慮する前に、すべての原子力プラントの新規建設を凍結することを決定した[71]。
2011年5月6日、日本の首相である菅直人は事業者である中部電力に対し浜岡原子力発電所のすべてのリアクターの稼働を停止するよう要請した。それは30年以内に東海地方を襲うマグニチュード8の地震が発生する確率が87%であることを理由にしていた。そしてさらなる措置がそのような地震から生じる津波からの被害を食い止めるために取られなければならなかった[72]。
対応として、事業者である中部電力は2011年7月22日に、2011年3月11日のそれと類似した地震に対処するため18mの高さで1.6kmの長さになる防潮堤を建設することを発表したが、プラントは現在10〜15mの高さの砂丘によってしか保護されていない。このインフラのためのコストは100,000,000,000円(885,000,000ユーロ)になるだろう[73]。
首相は同様に、生産されるエネルギーのシェアが全エネルギーの30%〜50%を占める日本の原子力プログラムにおける新しい方向性と安全性の強化を発表した。他に日本は「再生可能エネルギーを促進する努力」をするつもりである[74]。安全対策を強化し、国内の原子力に纏わる基準を厳しくするために、日本は原子力行政の再編を行い、経産省から独立した原子力の安全を取り扱う新しい組織を特に立ち上げる予定である[75][76]。
2011年7月、日本において54機のリアクターの内16機が稼働中である[77]。
5.6 ロシア
ロシアの原子力における現状と1ヶ月前の見通しを検証した後、ウラジーミル・プーチンは3月15日に、極東における炭化水素鉱床を開発するプロジェクト、特にサハリン-378プロジェクトの実現を加速する意思を表明した。迅速に実施された検査結果の公表同様、大災害に対するロシアのプラントにおける非常に高い耐性能力に関する副首相による安心感を誘う談話はロシア連邦による原子力に関したプロパガンダの疑いを存在させている。
http://en.wikipedia.org/wiki/International_reaction_to_Fukushima_I_nuclear_accidents
福島第一原子力発電所への国際的な反応
6 抗議と政治
6.1 フランス
フランスでは約1,000人の人々が3月20日にパリで原子力に対する抗議を行い[66]、3,000人のフランス人とドイツ人が4月8日にFessenheim原子力発電所の閉鎖を求めてデモを行い、さらに大きなデモが4月25日に期待されていた[67]。このトピックにおける世論調査は、福島直後は人口の55%が原子力に賛成していたが、3月末までには57%が反対していることを示していた[68]。
6.2 ドイツ
2011年3月、200,000人以上の人々が国政選挙の前夜に4つのドイツの大都市で反核抗議運動に参加していた。主催者はそれを史上最大の反核デモと呼んでおり、警察は100,000人に及ぶ人々がベルリンだけで確認されたと推定していた。ハンブルク、ミュンヘン、ケルンでも大規模なデモがあった[69]。ニューヨークタイムズは「ほとんどのドイツ人は原子力への根深い反感をもっており、日本の福島第一発電所での損傷は反対派を刺激した」と伝えていた[70]。
日本の原子力災害後の2011年3月27日、バーデンヴュルテンベルク州でドイツにおいて反核を主張している緑の党に対する国政選挙の結果が史上最高に歓迎されるものになっていた[71]。しかし世論調査で2010年10月から始まった緑の党の台頭はまたStuttgart21プロジェクトに対する満場一致の反対によるものとされている[72]。
6.3 インド
インドでは、エネルギー使用量が急速に増大しており、Jaitapurに世界最大の原子力発電所を建設する計画があったが、反核抗議が福島危機直後から激化している[73]。4月18日に計画予定のJaitapur原子力発電プロジェクトに対する抗議が暴力に向かった後、1人の男が警官によって射殺され、8人が負傷する事態になった[74]。抗議行動は数年間継続していたけれども、彼らは福島以後さらに著名になり大きな支持を獲得していった[75][76]。
6.4 イタリア
シルヴィオ・ベルルスコーニ首相は2009年に、1987年の国民投票に随い4つの原子力発電所が閉鎖された後再びイタリアは原子力に進むだろうと発表した。しかし福島危機に目覚め、数千人規模の反核集会がイタリアで噴出しており、イタリア政府は「原子力を再開させる計画における1年間のモラトリアムを決定した」[73]。
さらにイタリア原子力発電の国民投票が2011年6月13日に行われ、ノーと投票した方が勝利し、以前の年に計画された将来の原子力発電所の廃止を促すものであり、イタリアの原子力発電の国民投票によればイタリア人口の50%+1以上であることが将来の発電所の廃止を法的に拘束することを導いていた。
6.5 スペイン
日本の原子力事故後の2011年3月に、数百人の人々が国内の6つの原子力発電所の閉鎖を求めて、スペイン全土で開催された抗議行動に参加した。「原子力発電はいらない、ここにも日本にもいらない」と示したマークをもつデモ参加者の多くは、マドリード、バルセロナ、セビリア、バレンシアを含む30以上の都市で小規模に集まった[77]。
6.6 スウェーデン
2011年の世論調査は原子力に対する懐疑主義が日本の原子力危機以後成長していることを示唆している。回答者の36%が原子力発電を段階的に廃止することを願っており、2年前の同様の調査における15%から上昇している[78]。
6.7 スイス
日本の福島第一原子力発電所の大災害は「スイスにおけるエネルギーに関するディベートをすっかり変えてしまった」。2011年5月に約20,000人の人々が過去25年間におけるスイス最大の反原発デモを行ったことが判明した。デモは平和裡に40年前に稼働を始めたスイスで最も古いBeznau原子力発電所の近くを行進していた[79][80]。反核集会の後、内閣は新規の原子炉の建設を禁止することを決定した。国内の5つの現存する原子炉は稼働を継続することを認可されているが、「寿命まで交換されることはないだろう」[81]。
6.8 台湾
2011年3月に約2,000人の反核抗議者たちが、台湾島の4番目の原子力発電所の建設を即時停止することを求め台湾でデモを行った。抗議者たちはまた3つの既存の原子力発電所の寿命を延ばす計画に反対していた[82]。
日本の危機が継続する中、野党のリーダーである蔡英文がもし選ばれるなら2025年までに原子力発電所を廃棄するつもりであることを表明したので、原子力エネルギーが来年の台湾における大統領選挙の争点として浮上した。台湾は日本のように環太平洋地震帯西部の上にある[83]。
台湾の中央にある国立中興大学で応用経済学を担当している教授であるジョージ・スーは、地震多発地域の原子力発電所はさらに耐性を増すよう再設計される必要があり、その投資は元々のコストにおける優位性を低下させると述べている[84]。
2011年5月に5,000人の人々が台北市で反核抗議に参加し、それはカーニバルのような雰囲気を特徴としており、抗議者たちは黄色いバナーとヒマワリを手にしていた。これは全国的な「反原発活動」の抗議の一部であり、政府に4番目の原子力発電所の建設を停止を促し、さらに維持可能なエネルギー政策を追求するものである[85]。
2011年6月の世界環境デーの前夜に、環境団体が台湾の原子力政策に対してデモを行った。台湾環境保護連合は13の環境団体、議員とともに台北でバナーをもって集まり、「私は台湾が好きであり原子力災害は嫌いである」と読み上げた[86]。彼らは国内の3つの稼働中の原子力発電所と4番目の発電所の建設に対して抗議をしていた。彼らはまた「全ての原子力発電所が徹底的に再検査され、もしそれが安全検査をパスしない場合、即座に閉鎖すること」を求めた。国立台北大学の経済学教授である王塗發は「もしレベル7の原子力発電所事故が台湾で起こったならば、それは国を破壊するだろう」と述べていた[86]。
6.10 アメリカ
CBSニュースの世論調査によれば、アメリカにおける原子力発電を許容する下地は2011年の日本の原子力事故にしたがって急速に崩れ、アメリカにおける原子力発電所建設に対する世論の支持は、1979年のスリーマイル島の事故直後より僅かに低い落ち込みを示している。福島の原子力事故後の回答者のうち僅か43%がアメリカにおける新規発電所の建設を肯定すると回答している[87]。
アメリカにおける反核運動の登場に関わる活動家(例えばGraham NashやPaul Gunter)は、日本の原子力危機はアメリカにおける運動を再燃させるかもしれないことを示唆している。彼らは「目的は、オバマ政権が原子力発電所の新規建設を推し進めることを単に封じ込めることにあるのではなく、アメリカ人に既存の発電所は危険をもたらすことを納得してもらうことにある」と述べている[88]。
2011年3月に600人の人々がバーモントヤンキー原子力発電所の外に週末の抗議行動として集まった。デモは、福島原子力発電所事故からの放射線の危険性に晒されている数千人の日本人を支援するために開催された[89]。
ニューイングランド地方は反核運動の長い歴史をもち、2011年4月6日に75人の人々が州下院の集会を開催し、「地域の老朽化が進んでいる発電所や放射能をもつ使用済み燃料棒の備蓄の増加に対して抗議した」[90]。地域の3つの原子力発電所-プリマスにあるピルグリム、ヴァーノンにあるバーモントヤンキー、ニューハンプシャーにあるシーブルックの代表者たちが日本の原子力危機に照らしてリアクターの安全性について話をするのを聞くために議員が予定を入れた州の公聴会の前に、抗議が短く行われた。バーモントヤンキーとピルグリムは損傷を受けた日本の原子力発電所と同様に設計されていた[90]。
億万長者の投資家Warren Buffettによれば、日本の原子力災害はアメリカのエネルギー政策に大きな影響を与える可能性がある。Buffettは「アメリカは原子力のプランを前に進める構えだったが、日本での事故がそれを頓挫させてしまった」と述べていた[91]。
2011年4月に、Alliance for Nuclear Responsibilityの常任理事であるRochelle Beckerは、福島原子力大災害の経済的影響に照らして、アメリカはその原子力事故の責任における制限を再検討すべきであると述べていた[92]。
7 既存の原子力エネルギープログラムの再評価
7.1 トレンド
世界全体において4月12日に報告されたUBSによる研究は、約30の原子力発電所が福島の影響として閉鎖されるかもしれないことを示しており、それは地震帯に位置していることと最も閉鎖される可能性が高い国境付近に位置しているからである。分析は「フランスのような原子力擁護の国々でさえ政治的アクションを示し、原子力に対する国民からの容認を回復するために、少なくとも2つのリアクターを閉鎖することを強いられるだろう」と考えており、福島の事故は先進国の経済ならば原子力の安全性を担保できるとの考えに疑いの目を投げかけていると述べている[93]。
2011年ドイツ銀行のアナリストは「福島の事故によるグローバルな衝撃は、現在及び将来のエネルギーの方向性を決定するときに、どのように国家はその住民の健康、安全、安心、自然環境に優先順位を与え、価値を置くかに関する国民の認識における根本的なシフトを与えている」と結論づけている。結果として「再生可能エネルギーは大半のエネルギーシステムの中で明白に長期間にわたる勝者となるだろうし、その結論は過去数週間において行われた多くの有権者のサーベイによって支持されている。同時に私たちは天然ガスが少なくとも重要な移行措置としての資源になり、特にそれが安全であると考慮している地域においてはそうであると考えている」[94]。
2011年ロンドンに本拠を置くHSBC銀行は「スリーマイル島と福島によってアメリカの国民は大きな原子力発電所の新規建設が困難であることに気付いているかもしれず、私たちは新規の発電所の拡大はいずれにしても不適切であるとみなしている。したがって私たちは、立法府での議論を通じクリーンエネルギーを基準にすることが効率性に加えて天然ガスや再生可能エネルギーに相当大きな力点を据えるように思われることだろうと期待している」と述べていた[95]。
7.2 アメリカ大陸
カナダ
福島原子力発電所事故が起こって5日後の2011年3月16日、トロントの東、オンタリオ州PickeringにあるPickering原子力発電所が脱塩水をリークしていたことが発見された[97]。カナダの原子力安全委員会はポンプの封印における故障によるリークはいかなる人体の健康における脅威ともならないことを宣言したが、多くのカナダ人はカナダの原子力発電所の安全性に疑問を呈した。カナダの物理学者でありCanadian Coalition for Nuclear Responsibilityの創設者であるGordon Edwardsは、リークは「(日本の大災害と比較して)オンタリオ湖におけるさらに重要な意味をもつ放射能汚染の可能性を示している」と主張していた。彼はPickering発電所のリークのソースは福島第一の事故のそれと同じであり、リークは軽視されてはならないと付け加えた[98]。ケベック州のBécancour付近にあるGentilly原子力発電所は断層の近くにあるカナダの唯一の原子力発電所である。ケベックの州知事であるJean CharestはGentilly-2のリアクターは安全であるとの声明をだし、カナダの原子力安全委員会はそれは地震に耐えられるものであると宣言した[99]。
チリ
チリではEmolが3月16日に、原子力エネルギーに関してアメリカとの協力協定に署名する準備をしていたチリ政府の報告により、原子力発電所の設置におけるかなりの論争があったと伝えていた。反対派は鉱業・エネルギー相であるLaurence Golborneとの計画に関する会議の開催を促した[100]。
アメリカ
アメリカのオバマ大統領と元上院議員Domeniciの側近たちはアメリカの原子力発電施設の継続的な開発を公然と支持していた[101]。影響力のあるニューヨークタイムズは3月14日の社説の中で「徐々に明らかになる日本の悲劇は同様にアメリカ人に、原子力発電施設が事実十分に強いことを確認するために自然災害や原子力発電所の事故の可能性に対処するための私たち自身の計画を綿密に研究することを促すはずである」と述べていた[102]。アメリカにおける福島の事故のさらに決定的な影響は、テキサス州において既に始められていた2つの原子力発電所の新規建設を廃止したNRG,Inc.による決定であった[103]。アナリストたちは、プロジェクトの廃止の原因を発電所のパートナーであるTEPCOの財務状況に、他の発電所を建設するための資金調達を増やすことができない原因をテキサスにおける現在の低い電気料金に求め、追加的ではあるがプロジェクトを延期することを認可することを期待していた[103]。
ベネズエラ
ベネズエラの大統領であるウゴ・チャベスは平和利用を目的としたすべての原子力発電所開発プロジェクトを凍結するための停止を発表し、それは契約がロシアとの間でなされた原子力発電所の設計を含むものであった[104]。
7.3 アジア太平洋
オーストラリア
オーストラリアの首相であるジュリア・ギラードは2011年3月22日にメルボルンでロイターの記者に対して「私は原子力エネルギーを私たちの将来の一部として見ていない。私たちは再生可能エネルギー、クリーンエネルギー、太陽光、風力、潮力、高温岩石といった豊富な資源に恵まれている。それらは私たちの将来に存在しているだろうが、原子力は違う...」と述べていた[105]。オーストラリアには原子力発電所は存在していない。
中国
ZSRは3月14日に中国の全国人民代表大会の年次総会の記者会見で中国の環境保護部次長である李軍張が述べたことを報告した。「私たちは日本の原子力施設の損傷について関心があり、この問題のさらなる展開に関心があり、その事故から学び取り、そして将来における原子力エネルギーの開発のための戦略的な計画をつくるときにその事故を考慮に入れるだろう。しかしながらさらなる原子力発電所の開発と現在における原子力エネルギーの開発に関する準備における私たちの決定は変わらないだろう」[106]。3月16日に、中国は原子力発電所の承認を凍結した[107]。3月28日に中国政府は原子力発電の目標を変更し、そのことは「2020年までに建設されると以前に期待された90ギガワットから原子力発電の容量を約10ギガワット縮小すること」に至る可能性を導くだろう[108]。
インド
インドの首相であるマンモハン・シンは3月15日にすべての原子力発電所のリアクターの安全システムと設計を再検討するようインドの原子力発電公社に指示した。インドの政府は3月15日に、新しく提案されたリアクターの安全性を確認するために同様に追加的な環境保護を行う意図があると伝えた[109]。インドの原子力発電公社は3月14日に、インドの原子力発電所は2001年のBhuj地震や2004年のアジアの津波に耐えることができると述べたが、「自己満足以外の何物でも」なかった[110]。
イスラエル
ベンヤミン・ネタニヤフ首相は2011年3月17日に、イスラエルは現在原子力エネルギーを追求する可能性はないと述べた[111][112][113]。
北朝鮮
朝鮮中央通信は3月31日に、日本の事故対応に関し菅直人政権に対する不満が増していると伝えた。同様に労働新聞は「原子力発電所の事故の状況は日を追って悪くなり、国際社会を非常に心配させている」と伝えた[114]。
パキスタン
パキスタンの政府はパキスタン原子力委員会(PAEC)に原子力発電所の安全性、システム、国内のすべてのリアクターの設計をチェックし再評価をするよう指示を出した[115]。Pakistan Todayは2011年3月16日に、パキスタン原子力規制庁(PNRA)が発電所における安全ガイドラインを発表し、Chashman市にあるKANUPP-IIやChashman原子力複合体における設計の再評価をするように指示を出したことを伝えた[116]。APPは2011年3月16日に、PAECが継続的に最近の地震と津波から影響を受けた日本における原子力発電所の事故の進展をモニターしていることを結びに添えた[117]。Jang Newsによれば、パキスタンは放射性物質をコントロールするための技術的支援を提供することを日本に提案していた。2011年3月20日にJang Newsは、IAEAが承認を与えるとすぐに、PNRAやPAECの科学者たちが日本に向けて出発する準備が整っていることを伝えた[118]。日本の政府関係者はパキスタンの申し出を受け入れたが、IAEAの規則により、双方の国はそのような協力のためIAEAから承認を受ける必要があった[118]。パキスタンの外務省によれば、IAEAがそのような技術的支援に承認を与えるやいなや、日本に向けて出発する用意が整っていた[118]。
台湾
完全な安全審査が終了するまで、台湾は原子力発電を拡大する計画を停止することを命じた[119]。
トルコ
トルコの首相であるレジェップ・タイイップ・エルドアンはメルシン県のAkkuyuにトルコ初の原子力発電所を建設する公約を再確認した[120]。
7.4 ヨーロッパ
欧州連合
ORF2のインタビューの中でオーストリアの農林環境相であるNikolaus Berlakovichは、リアクターの安全性の見直しを2011年3月14日のブリュッセルでの環境会議で求めるだろうと述べていた。彼は冷却と封じ込めの双方を強調し、これらの措置を2008年の金融危機後の金融システムの再検討と比較していた[121]。
気候行動のための欧州委員であるConnie Hedegaardは3月17日に、海上で風力タービンからエネルギーを生むことは原子力発電所の新規建設より安価になるだろうと述べていた[122]。
3月23日、エネルギー相による欧州理事会の緊急会合後に欧州全体におけるストレステストが発表された。欧州連合内のすべての143の原子力発電所が評価を受けることを計画され、近隣の国々における発電所も考慮されることが望まれた。この評価は「地震、洪水、同様に人災(例えば停電やテロ)に対する脆弱性を含んでおり、特別な注意が冷却やバックアップシステムに払われた」[123]。
フランス
3月23日付けの手紙の中でフランソワ・フィヨン首相は原子力安全局に、福島から得られる教訓に照らしてなされるべきあらゆる改善点を確認するために、洪水、地震、電源や冷却システムの喪失、事故管理のプロセスがもつリスクのそれぞれに対し「開かれ透明な」監査を実施することを求めていた。最初の結論は2011年末までになされることが期待されている[124]。フランスは1999年にBlayais原子力発電所での洪水にしたがい限定された再評価を行っていた。大統領であるNicolas Sarkozyは対話の必要性を強調したが、フランスはエネルギー安全保障を理由にして原子力を選択しており、それは温室効果ガスの排出対策でもあると述べていた[125]。しかしフランスで一番古いFessenheim原子力発電所を永久に閉鎖することを求める圧力がフランスや隣国のスイスやドイツにおいて大きくなってきている[126][127][128]。
ドイツ
ゲアハルト・シュレーダー首相の時代に社会民主党と緑の党との政府が2022年までに原子力を用いることからのドイツの最終的な撤退を命じていたが、段階的廃止の計画は2010年後半まで遅れており、それはアンゲラ・メルケルの首相時代に保守党と自由民主党との政府がスケジュールの12年間の延期を命じていたからだった[129]。この延期は抗議を引き起こし、StuttgartからNeckarwestheimにある原子力発電所付近までの50,000人に及ぶ人間の鎖を含むものだった。この抗議は3月12日に予定されていたが、福島の1号機のリアクターにおける爆発の日とたまたま重なっていた[130]。3月12日の反核デモはドイツ全土で100,000人を集めていた[131]。2011年3月14日、福島の事故がドイツの世論に提起した原子力エネルギーの利用に関する新たな懸念に関する対応と3つのドイツの州に関し近づいていた選挙を考慮し、メルケルは2010年に議会を通過したリアクターの寿命の延長に対し3ヶ月のモラトリアムを宣言した[132]。3月15日にドイツ政府は、一時的に17機のリアクターの内7機を停止するであろうことを発表し、他方1981年以前にはすべてのリアクターが稼働していた[133]。Angela Merkel、Guido Westerwelle、Stefan Mappusのような原子力エネルギーの元支持者は彼らの立場を変えたが、国民の71%がその立場の変更を近づいている選挙に関連した戦術であると考えていた[135]。ドイツで行われた最大の反核デモにおいて、約250,000人の人々が3月26日に「福島の声を聞け - 全ての原子力発電所を閉鎖しろ」といったスローガンの下抗議を行った[136]。
イタリア
原子力発電所の建設におけるモラトリアムは3月24日にイタリアの閣僚会議によって1年間に限って承認された[137]。さらに原子力発電所に関するイタリアの国民投票が2011年6月13日に行われ、ノーと投票する方が勝利し、前年に計画されていた将来の原子力発電所を廃止することを導き、イタリアの原子力発電所に関する国民投票によれば、イタリア国民の50%+1以上の得票になったことが将来の原子力発電所の廃止を法的に拘束することを判明させていた。
オランダ
経済・農業・イノベーション相であるMaxime Verhagenは下院宛の手紙の中で、日本の経験は2015年に建設される新規の原子力発電所に対する必要条件を定義する作業の中で考慮されるだろうと述べていた[138]。首相であるMark Rutteは3月18日に、Borssele原子力発電所の稼働に変更がないことを示唆し、ドイツのモラトリアムを「奇妙だ」(オランダ語:merkwaardig)と呼んでいた[139]。
スロバキア
スロバキア共和国は事故の後の週に、Mochovce原子力発電所での2つの新規のリアクターであるVVER 440/V-213(PWR)の建設を継続することを表明した。既存のそして建設中のMochovce原子力発電所におけるすべての障害は現在の限界より大きい地震に耐えられるようにリニューアルされ近代化される予定である[140][141]。
ロシア
3月15日に首相であるウラジーミル・プーチンは当局者に、ロシアの原子力施設を検査し、日本の原子力危機の間に原子力エネルギーを発展させる国家の大規模な計画を再検討するよう指示した[142]。
スペイン
スペインの首相であるホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロは3月16日に自国の原子力発電所を再評価するよう指示していた[143]。
スイス
スイスの連邦参事であるDoris Leuthardは3月14日に3つの新規の原子力発電所に対する認可手続きの凍結を発表し、同国の原子力発電所の安全性の見直しを指示した[144]。
イギリス
3月12日にイギリスのエネルギー・気候変動相であるChris Huhneは、状況の影響とイギリスの原子力産業にとって学ぶべき教訓におけるレポートを求め、HSEの原子力局長であるMike Weightman博士に手紙を書いた[145]。レポートは「国際的な原子力産業や原子力安全規制当局との緊密な協力の中準備され」、5月中頃までには中間報告をまとめ、6ヶ月以内に提出される予定である[145]。3月15日にHuhneは無念さを述べ、それは一部のヨーロッパの政治家たちが評価が実施される前に政治判断することを急いでいるためであるが、新規の原子力発電所に投資する民間部門の意思が影響を受けるかどうかを決定するには早すぎるとも述べていた[146][147]。Weightman博士は5月にIAEAのチームとともに日本を訪問していた。
8 再生可能エネルギー
経済学の教授であるNancy Folbreは、福島第一原子力発電所の大災害における最大の肯定的な影響は再生可能エネルギー技術の商業化に対する国民の支持を取り戻したことになるだろうと述べていた[148]。
2011年にロンドンに本拠を置くHSBC銀行は「スリーマイル島と福島を背景にして、アメリカ国民は主要な原子力発電所を新規に建設することが困難であることに気付くかもしれず、私たちはいずれにせよいかなる新規の原子力発電所においても拡大を期待していない。したがって私たちは、立法府での議論を通じクリーンエネルギーを基準にすることが効率性に加えて天然ガスや再生可能エネルギーに相当大きな力点を据えるように思われることだろうと期待している」と述べていた[95]。
2011年にドイツ銀行のアナリストは「福島の事故におけるグローバルな衝撃は、現在と将来のエネルギーの方向性を決定するときに、どのように国家はその住民の健康、安全、安心、自然環境の間に優先順位を与え、価値を置くかに関する国民の認識における根本的なシフトになる」と結論づた。結果として「再生可能エネルギーは大半のエネルギーシステムにおいて明白な長期にわたる勝者となるだろうし、その結論は過去数週間において行われた多くの有権者のサーベイによって支持されている。同時に私たちは、天然ガスが少なくとも重要なエネルギーの移行のための資源になり、特にそれが安全であると考慮される地域ではそうなるだろうと考えている」[94]。