フランス科学アカデミーとフランス国立医科大学、Académie des Sciences - Académie nationale de Médecineによるレポート(2005)をICRP2007年勧告と比較して考えたことー放射線によるDNAの傷にともなうゲノムの不安定性に対するリスクを細胞の自己修復機能や防御メカニズムの範囲内におさめることが求められている

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低線量被曝に関して二次もしくは超線形の関数によって説明することやホルミシス効果の存在を肯定していることはECRRと同様であり、線型モデルを採用しているBEIR VIIと異なっている。そして放射線防護の観点からホルミシス効果を取り入れるべきではないといったECRRの立場と類似しているように見受けられる場面があったが直接の言及はなかったように記憶している。生物学的、医学的説明に関して比較的易しい事例が採用されるケースが多く、その点でECRR、BEIR VIIと異なっている。

いずれにせよ低線量被曝における影響は疫学上の観点から、線量、線量率、被曝時の年齢、被曝された組織、影響の種類によって異なるモデルを採用する必要があり、全てをLNTで説明するには無理があるといった立場に立っていることが、ICRPの勧告から類推される背景と異なる点であろうか。そしてECRRも同様の観点から、類似した議論を展開していた。

1つの電子が細胞を通過する線量を1mSvで説明するならば、物理的には10個の電子が細胞を通過する線量を10mSvで説明することが可能になろうが、吸収線量つまりmGyやGyによってその影響は異なるのだが、生物学的には非常に大雑把に言えばDNAにおける傷がどのような分布で存在するのかと細胞の自己修復のメカニズムとの関係の中でその影響が説明されることになり、疫学的にその影響をデータで補足するといった学際的な研究がこの分野においてなされている現状がある。

疫学的データを考慮していることに変わりはないが、ICRPやBEIR VIIはモデルドリブンの傾向があり、ECRRやこのレポートはデータドリブンの傾向があると把握する視点があろうかと考えることがあるが、いずれにおいてもモデルとデータの双方が検討されていることに大きな違いはない。

結論として空間線量を低くする努力が求められていることに変わりはないが、長期に亘る低線量の被曝をモニタリングする立場にとどまるならば、疫学的研究、調査の立場から一歩踏み込んで、被災地の方々を疫学的研究、調査の被験者における立場にさせることを避けるために被曝線量を減らす努力が求められると考えることがあり、同時にこれまでの知見を詳細に検討する必要があるだろう。

以上のような見解をフランス科学アカデミーとフランス国立医科大学によるレポートを理解する中で考えることがあったが、レポート自体はフランス語で記されている訳ではなく平易な英語による記述になり、同時にこれまでの論拠のサポートとして、レポートの一部を訳すことを試みてみたい。URLと訳は以下に示される。
http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.126.1681&rep=rep1&type=pdf

フランス科学アカデミーとフランス国立医科大学

線量と影響の関係および低線量の電離放射線の発癌性に対する影響の推定

2005年3月30日

専門家向け概要

疫学的研究は100mSvより低い線量の潜在的な発癌性へのリスクを決定するために行われてきており、それらは大規模な群や集団においてさえ統計的に有意なリスクを検出することができていない。したがって信頼区間の一番高い限界が相対的に低いことから、これらのリスクは悪く見積もっても低いものになる。一般的に発癌性へのリスクとされているものは統計的に推定されるものであり、症例管理における研究や集団の追跡調査を通じそのような線量を確立することはあまり現実的ではない。数十万の被験者にとってさえ、そのような疫学的研究の説明する力は、非照射群においてすでにかなり高くライフスタイルによって変動する自然癌の発生に加えて、癌の発生や致死率における非常に小さな増分の存在を示すには十分なものにはならないだろう。高い自然照射や低い自然照射が存在し、そして類似した生活状況を抱えている地球上の地域の間における比較のみが、このレンジの線量や線量率に対し有益な情報を提供することができるだろう。ケララ(インド)や中国で進行中の研究における結果は注意深く分析される必要がある。

これらの疫学的限界のため、低線量(<100mSv)のありうるリスクを推定するための唯一の方法は0.2Sv〜3Svの間で観察される発癌性に対する影響からの外挿になる。

LNTモデルは、線量と検証されうるこの線量のレンジにおける発癌性に対する影響の間の関係をよく説明している。しかし、外挿により低線量および非常に低い線量のリスクを評価するためにこの関係を使用することは細心の注意を要する。最新の放射線生物学のデータは、数十mSvより低い線量のレンジにおいてLNTに基づき推定することに対する妥当性をそこない、それはLNTが暗黙の基礎としている仮定に対する問題に繋がり、1)線量および線量率がなんであれ単位線量あたりの突然変異の確率における安定性の問題、2)隣接する細胞や組織に存在する傷の数がなんであれ細胞の発生が同様に展開した後の発癌プロセスにおける独立性の問題が挙げられる。

実際、1)数mSv(<10mSv)の線量において傷は細胞の消失により除去され、多数の細胞を傷つけるわずかにより高い線量(そのため組織に傷を与えることがある)においては修復システムが促進される。それらは細胞を助けるかもしれないが、間違った修復や修復できない傷を生じさせるかもしれない。低線量(<100mSv)において、変異した遺伝子の修復の程度は小さくなるが、単位線量あたりの相対的重要性は線量や線量率とともに増大する。修復の期間は損傷とその量の複雑性にともない変化する。幾つかの酵素におけるシステムも含まれ、DNA損傷の高い局所的密度はそれらの有効性を低下させるかもしれない。低線量率において間違った修復の確率はさらに小さくなる。線量、線量率、傷のタイプや数、細胞の生理学的状態、そして影響を受けた細胞の数による細胞の防御メカニズムにおける変化は、観察される線量や線量率に依存している放射線感受性における大きな変化(細胞死亡率や単位線量あたりの突然変異の確率における変化)を説明する。細胞の防御メカニズムにおける変化は同様にいくつかの現象によって示され、照射中における当初の細胞の過剰な過敏さ、非常に高い線量率における短く強烈な照射の後における放射線感受性の急速な変化、当初事前に準備された放射線による低線量に随い数時間もしくは数日間における細胞の放射線感受性の減少の原因となる適応性における反応等が挙げられる。

2)またランダムにいくつかのターゲット(原癌遺伝子、抑制遺伝子など)に影響するゲノムの傷によって放射線発癌現象が発生されると想定される。LNTの使用における理論的なフレームワークを与える比較的単純なモデルは、遺伝的なもしくは後成的な傷を含むさらに複雑なモデルによって置き換えられ、その中において発生した細胞とそれらのミクロな環境の間の関係が必要な役割を果たすことになる。発癌プロセスは細胞、組織、そして器官における有効な防御メカニズムによって相殺される。組織について、傷を受けた後、胚発生や直接の細胞修復を支配するメカニズムは細胞増殖のコントロールに重要な役割を果たすように思われる。このことは特に、形質転換細胞が正常な細胞に囲まれているときに重要である。これらのメカニズムは、少量のα線放射性核種により影響を及ぼされた人間や実験における動物の発癌性への影響がないこと同様、異種の照射、例えばグリッドを通じた局所的な照射における有効性の低下を説明することができる。後者のデータは閾値の存在を示している。多数の細胞の死が組織を壊し、組織から発生した細胞の流出のコントロールを促すので、細胞間の相互作用は同様に組織と線量に随った発癌性の確率における違いを説明するのに役立つことがある。

3)腫瘍細胞を移動させることにより示されるように、免疫監視システムは形質転換細胞のクローンを除去することができる。免疫監視の妥当性は、免疫抑制の対象の間のいくつかのタイプの癌の発生の大幅な増加によって示される(関連の理由はDNA修復(NHEJ)と免疫不全における欠陥の間に存在しているように思われる)。すべてのこれらのデータは、低線量のさらに低下した有効性や、細胞のシグナル伝達とその後のDNA修復メカニズムを十分に有効にする非常に低い線量の機能低下や細胞死に関する間違いない修復と免疫監視の間の関連のいずれか一方に関して、実用的な閾値の存在が示唆される。しかし現在の知識に基づくと、閾値(5〜50mSv)を定義することやそのための事実を与えることは不可能である。特に細胞防御のメカニズムに対する刺激は活性酸素の種に対応する。実際、実験における動物データのメタ分析は、これらの研究の40%において、低線量被曝後、動物における任意の癌の発生について減少がみられるということを示唆している。今まで現象を説明することが難しかったため、この観察は見逃されてきた。これらのデータは、同じ線量の増加に対し生物学的有効性が全ての線量と線量率の関数として変化するので0.2〜5Svの線量のためになされた低線量の発癌リスクの観察を評価するための線形閾値なしの仮定を用いることは正当化されないということを示している。このレポートの結論は実際以下の議論によるLNTの使用を正当化する他の著者[43,118]の結論と矛盾している。

1. 10mGyより低い線量において、DNAや細胞に関し電子の軌跡に沿って発生した異なる物理現象の間の相互作用はない。

2. 原因となる傷と間違いがあるケースやないケースの可能性の性質そして細胞死による損傷した細胞の除去は線量や線量率により影響を受けない。

3. 癌は分裂しがちな細胞におけるDNAの傷の直接的なそしてランダムな結果であり、癌を増加させる発生した細胞の確率は隣接した細胞や組織における損傷により影響されることはない。

4. LNTモデルは広島と長崎の集団における固形腫瘍を誘発する線量と影響の関係に当てはまる。

5. 10mGyのオーダーの線量の発癌性への影響は子宮内の照射研究からの結果により人間のために示されている。1番目の議論は線量に比例する初めの物理化学的結果に関連している。しかし細胞の活性化された防御反応に対する性質と妥当性は線量と線量率に伴って変化している。2番目の議論はこのレポートで考慮されている放射線生物学上の研究によって否定されている。3番目の議論は発癌プロセスの複雑性と細胞間の関係や基質に対する特別な役割における最近の知見を考慮していない。4番目の議論に関し、LNTに加えて、他のタイプの線量と影響の関係は原爆生存者における固形腫瘍に関するデータとも適合し、十分にLNTの概念と適合しない疫学的データ、特にこれらの原爆生存者における白血病の発生とも適合しうる。さらに入手可能な最新のデータを考慮すると、広島と長崎の生存者における固形腫瘍における線量と影響の関係は0〜2Svの間において線形でなく、曲線になる。また、たとえ線量と影響の関係が例えば50mSv〜3Svの間における固形腫瘍に対し線形であると示されていても、線量と影響の関係が腫瘍のタイプや被爆時の個人の年齢によりかなり変化することを示している実験上のそして臨床上のデータを理由にすると一般化は不可能であろう。固形腫瘍に対し観察される大きなそして経験上の関係は、癌のタイプによって、例えば線形か二次式か、閾値をもつかもたないかなど、かなり異なる可能性があるすべての関係と一致している。

結論として、このレポートは低線量(<100mSv)そしてさらに非常に低い線量(<10mSv)の発癌リスクを評価するためにLNTを用いることの妥当性に対し問題を提起している。LNTの概念は10mSv以上の線量に対する放射線防護におけるルールを評価することに対し実用的なツールになりうる。しかし我々の現在の知識における生物学上の概念に基づいていないので、外挿によって低線量やさらに低い線量(<10mSv)に関連するリスクを評価すること、特に欧州指令97-43によって放射線科医に課されるリスク便益評価にとって特別な注意なしに用いられるべきではない。生物学的メカニズムは数十mSvより低い線量やそれより高い線量に対し異なっている。放射線検査(0.1〜5mSv、いくつかの検査では20mSvまで)の線量のレンジにおける最終的なリスクは放射線生物学上のそして実験上のデータを考慮に入れ推定されなければならない。200mSv以上の線量で検証されている経験上の関係はリスク(100倍以上低い線量に関連づけられた)の過剰評価に結びつくかもしれない、そしてこの患者が役に立つ検査を受けることを思いとどまらせる可能性があり、非常に低い線量(<10mSv)に対する放射線防護の手段におけるバイアスを誘発する可能性があるかもいしれない。

用語集

低線量。低線量や非常に低い線量とされる線量についてコンセンサスはない。著者によっては、低線量は200mSv以下もしくは100mSv以下になるかもしれず、非常に低い線量は20mSvもしくは10mSv以下になるかもしれない。このレポートの文脈では、我々は低線量を100mSv以下、そして非常に低い線量を10mSv以下にする。

1 イントロダクション

1.1 低線量の電離放射線によるリスクは直接評価されることができない。そのためそれらを評価する唯一の方法は高線量の影響から外挿することによる。この外挿に対し用いられる線量と影響の関係に応じて、低線量によるリスクはゼロ(もしくはホルミシス効果により負の値でさえあるかもしれない)から線量に比例した値(もしくは超線形でさえあるかもしれない)までのレンジになるかもしれない。低線量における発癌性のリスクの評価は、3つの例によって示されるように、医学において非常に重要である。

1.3 低線量の影響は通常、線形で閾値がない線量と影響の関係(LNT)を用いた外挿により推定される。低線量の発癌性のリスクを評価するこの方法は国際放射線防護委員会(データの収集と解釈を単純化するためのICRP[117])により1960年代に導入されている。LNTにおける関係は、作業期間中、線量率、被曝、放射線の種類に関係なく作業者が被曝する様々な線量を追加することができる。妥当なことだが、このことは、意思決定するために外挿によって低線量の影響を推定する実用的な目的のためにLNTの使用を促すものである[133]。線量が常に蓄積し、それらがどれ程低かろうとも、細胞やその核を横切る各々直接的にまたは間接的に電離した粒子は独立にふるまい、同じ影響を有するので、それらの線量は単位線量あたり同じ発癌性の可能性を有しているといったことを仮定することによって、この使用は後に正当化されている。この仮定は、1970年代にDNAの損傷と発癌性の間の関係が確立されたとき支持され、発癌性が確率的メカニズムによって引き起こされることが認められた。このことは、全ての照射でありながら低い線量が発癌性を導く修復不能なDNAの損傷を引き起こす可能性があり、LNTモデルが最も低い測定可能な線量であっても妥当であると想定することを論理的にした。LNTはそれゆえ、非常に低い線量のリスクを推定することに対する妥当性におけるあらゆる詳細な議論なしに、科学的なモデルの地位を獲得した[133]。

特にゲノムを保護するメカニズム(本質的にはDNA修復[10,15,56,192,251,298,302]を含めている)の存在やDNAが死により損傷された細胞を除去することにおける最近の証拠に照らして、この妥当性は現在問題にされている[1,84,272,273]。実際は、仮に単位線量あたりの影響が線量や線量率に関係なく一定であるならば、これらの防御メカニズムはLNTの妥当性を問題とするのに十分ではないだろう。しかし、このように一定であることを想定することは間違っているといったことが現在明らかになっている。我々は修復の影響は低線量率においてさらに大きいといったことを認めてるが、最近の研究[60,73,241]は、これらの違いを示すことにより、高い線量から低い線量への外挿に対するあらゆる科学的正当化を退けた。このレポートの目的はそのため学際的なデータ(生物学的な、生物物理学的な、疫学的な)を更新することになり、それによりさらに明らかに低線量と高線量の間における定量的、定性的違いやそれらの発癌性への影響を定めることが可能になる。

1.4 哺乳類の細胞における線量率に随った単位線量あたりの遺伝毒性の影響の確率における変動を考慮に入れるため、調整がICRPにより導入され、それは暗黙にLNTが臨床的、生物学的データを無視していることを認めている。線量、線量率、影響への要因(DDREF)はそのため低線量率における低線量の光子に対する被曝から生じる影響を示すために導入された。リスクを評価することに責任があるUNSCEAR、またはICRP委員会1のいずれかにおいて、この考え方の妥当性についてのコンセンサスはなかった。UNSCEARは、実験データを考慮に入れるため2から10までのDDREFのレンジを示唆した[281,282]。やや独断的にそして保守的に、ICRP[117]は2というDDREFを採用し、この選択の妥当性は問題とされた[118]。

1.6 我々は後に、放射線発癌現象、電離放射線による細胞、組織、器官の被曝により生じる物理学的、生物学的現象、放射線発癌現象における実験データや、疫学的データを検証しなければならない。これらのトピックは付録においてさらに詳細に説明される。最後に、データに照らして、我々はLNTの関係の妥当性を議論し、これらの議論の実用上の含意を考察しなければならない。

3 電離放射線により生じる物理学的、生物学的現象

3.4 線量と照射の時期に依存する突然変異と致死率の変化

等しい線量では、突然変異の影響は線量率に伴って著しく変動している[160,241,289,290]。線量率が増加すると、最低量を過ぎた後(ホルミシス)の突然変異の頻度は大幅に増加する[289]。もし同時に存在する傷の数が小さいならば、修復は一般的にさらに効果的になり、これからそれは高線量率より低線量率でさらに効果的になる。限られた数の傷は修復を高める細胞周期の進行を可逆的に止めることを誘発している。多量の傷は細胞死を導きうる細胞周期の停止を先へと追いやる[82,205]。修復にかかる時間は傷と修復が作用するシステムの複雑性に依存している。傷の高い局所的密度は修復の効率性をそこなうものである[303]。

3.4.6 概略として、4つの線量のレンジの間で区別されることができる。

- 約100mGy以下の線量や低線量率における線量において、損傷された細胞は除去され、可能であるときはいつでも、高い信頼性をもったメカニズムによって修復される。この除去/修復メカニズムが照射によって誘発されるとき、それはまた酸化による代謝により損傷された細胞上に作用する。酸化によるストレスにより誘発される解毒メカニズムと組み合わされ、これらの防御メカニズムは同様に実験上の動物において観察されるホルミシス効果を説明することができる[11,25,50,79,84,87,174,233,244]。しかし低LET放射線によって誘発される細胞の損傷は細胞代謝によって誘発される損傷とは異なり、それは、ⅰ)二重の鎖が損傷するさらに高い比率によるものと、ⅱ)纏まった傷(水酸基により損傷を受ける)の存在によるものと、ⅲ)細胞レベルにおける影響のさらなる不均一分布(区画されていない)によるものが考えられる。

ホルミシス効果を説明しうる他のメカニズムは試験管における実験において例証され、細胞の選択的死は悪性の形質転換を受けやすかった。これは関連した線量であると思われる[235,236]。

3.5 隣接する細胞、傍観者(標的部位から離れた所の)効果と、遺伝的不安定性の役割

これらの研究によって示されるように、癌細胞は遺伝的不安定性を含むかもしれない[Fouladi 2000] 。理論的には、不安定性は親の生殖細胞を通じて子供に伝わるかもしれない。そのことは被曝した親の子供における癌の増加を導くだろう。しかし、このことは人間では観察されておらず、これゆえ除外されることができるだろう[123]。

3.6 このレポートの主題は電離放射線である。しかし、その結論の大半が他の物理的(紫外線)や化学的(遺伝毒性)発癌媒体に同様に適用されることができ、そのためしばしば、管理上の理由で同様に、LNTの関係を適用する傾向がある。この傾向を問題とする時代が来ていると思われるが、その科学的基礎には問題があり[1,6]、それは不当な恐怖心や犠牲を引き起こす可能性がある。問題は物理的媒介以上に化学的媒介にとってさらに複雑であり、その理由として研究成果の2つの側面が考慮されなければならず、それは遺伝毒性と解毒作用を含むかもしれない代謝になる。

あらゆる毒性作用は多数の生化学的反応の結果である。X線と同様に、いくつかの媒介は高反応性化学物質(遊離基、影響力のある求電子試薬、酸素の反応性物質)の生成物の結果として直接的に、間接的にDNAの傷を誘発することによる遺伝毒性になり、一方他は防御反応を誘発する。それぞれの毒性作用にとっては、特定の防御メカニズムがある。例えば、金属チオネインが重金属をとらえる方法と同様に、グルタチオンが遊離基や求電子試薬をとらえる一方、スーパーオキサイドディスムターゼがスーパーオキシドアニオンを分解することがある。結果はこれらの2つのタイプの反応の間のバランスに依存している。もし線量が低く、防御が十分ならば、有害な影響はないだろう。もし線量が高く、防御反応がpHを超えるときの緩衝剤のように押さえ込まれるなら、有害な影響が生じ、それは線量に比例するだろう。

閾値やホルミシス効果さえ存在する可能性があるが、ここ10年における多くの議論は、これが化学的媒介におけるケースであることを示唆してきた[125,148, 238]。実際には、閾値における結果の分布はランダムではなく(もし存在するなら、正と負の効果の同じ頻度が存在するだろう)、負の効果はさらに頻繁に生じ、それはホルミシスの仮説を肯定している[49]。このことは近似の中に観察される。
毒性研究[50]の40%、つまりそれに類似した比率が実験における放射線発癌現象に関したDuportのメタ分析[79]の中に観察される。

4 実験における動物のデータ

対照動物において発癌性が十分に高いことを示す実験的な研究の中で、この発癌性の減少はそれらの動物の40%において低線量の照射に随い観察され、その観察はホルミシスの考え方と一致している。この知見はこの考え方の一般化を正当化しないが[286]、その存在を確認している[79,174,244]。

5 疫学的データ

5.2 低線量の分野では、利用できるデータは3つのグループに分類されることができ、被爆の間低いレベルの放射線を被爆した原爆生存者(高線量率)、住環境や労働環境において得られたデータ(低線量率の照射)、診断や治療の手続きの後得られたデータ(高線量率で細分化された照射)になる。

5.2.1 広島と長崎の原爆(HN)の生存者における発癌性の分析において、白血病と固形癌は区別されていた。放射線に誘発された白血病に関して、線量と影響の関係は統計的にLNTの関係と両立せず、近似において閾値の存在を示している。そして150mSvや100mSvより低い線量において自然に生じるリスクの低下(ホルミシス)がある[155,156]。固形腫瘍に対して線量と影響の関係についてかなりの議論があった。最近の分析は、線量と影響の関係は線形でなく曲線であり、おそらくパラメータにとってかなり類似した値をもつ線形二次であるかもしれない[224]。この新しいデータはさらに長い追跡調査と2002年における薬量測定の修正から便益を受けた[132]。低線量ではSvあたりの固形癌による死の過度なリスク(ERR/Sv)は現在0.19(95%CI: 0.03-0.37)[224]であり、以前の推定の半分以下であると推定されている[223]。Preston達は、最低線量における過度の相対リスクの分布における例外を支持することによって、リスクを評価することに対するこの関係の範囲を制限しているが、この理由付けを受け容れることは難しいことであり、その理由として、非常に低い線量において中性子のRBEが10や約30、それ以上よりかなり大きい値をもつことが挙げられる[291]。このような高いRBEは、現在これらの問題となっている非常に低い線量のレンジにおける高い過度の相対的なリスク(ERR)のいくつかを修正することを促すだろう。曲線の最初の部分の線形性(線形二次の関係の線形部分)は再考されるべきであり、低線量のレンジを超える低LET照射の固形腫瘍に対する影響は再評価されるべきである。

発生率のデータはまだ修正されておらず、ERRは5〜50、50〜150、50〜500、50〜4000mSvのレンジにおいて類似していると思われ、線量と影響の関係はLNTモデルと一致するが、同様に60mSvまでになりうる閾値や2次の関係をもつモデルとも一致している[213]。中性子に対するRBEの補正は光子の影響に対する閾値の存在を肯定する仮説を補強するはずである。爆撃の間被害を被った負傷者の癌のリスクにおける起こりうる影響が同様に報告されている[260]。

5.2.3 数十mSvの放射線に対し職業的に被曝した数百や数千の人々を含む疫学上の研究は100mSv以下の線量に対する統計的に有意なリスクを発見し除外するのに十分なほど役に立つものではないので、異なった自然レベルの放射線によって被曝された人間集団の比較のみが非常に低い線量率で管理された低線量(<20mSv/年)の影響についての量的情報を与えることができると考えられるが、それらの比較は十分に大きな集団において行わなければならない。現在、自然放射線が明らかにフランスより高い地域で行われる研究は自然放射のレベルと癌死亡率との相関はないと示されている一方、循環しているリンパ球における染色体異常は高いレベルの照射を裏付けており[268]、インドのケララ州(最大70mSv/年[194])、中国の地域で陽江市(10年間地域の住民100,000人をかなりモニタリングしており、6、4、2mSv/年[262,264,293,294])、日本(ラドンによる照射[169,202,256])が挙げられる。すべてのケースにおいて線量率は非常に低い。研究はこれらの当初の知見、それらの更新が興味深い情報をもたらすはずであるといったことを確認することが現在進行中である。医療診断における照射(高い線量率)のフレームワークの中で、医療記録や他の信頼できる線量に基づいた被曝からの類推を含む研究は、100mSvより低い線量において例え繰り返されても放射線検査後の白血病のリスクにおける増加を示していない[32,35,67,258]。過度のリスクを示す唯一の研究は検証できないケーススタディに基づいており、証人のインタビューによるため、バイアスが含まれている可能性がある[228]。甲状腺癌に関して、それらが子供や大人における頻繁な放射線検査によって生じる可能性があると示しているデータは存在しない[90.120]。3つの集団における研究は、100mSv以上からの線形の線量と影響の関係により放射線診断検査を繰り返した後、乳癌のリスクにおける増加を示し、相対的なリスクは被曝時の年齢によって明らかに減少していることが示されている[32,77,109,114,170,222]。これらの研究は100mSv以下においてリスクの増加を示さなかった。100mSv以下、特に50〜100mSvの間の線量におけるメタ分析は非常に役に立つものであり、付録4はこの分析がなされていることを示している。この文脈において、10mGyのオーダーの小分けにされた線量は乳癌のリスクにおける増加に影響を及ぼすけれども、1Gyのオーダーの累積的な線量にとって(胸部はこのことが示される唯一の器官である)、10mGyの単一の線量が、ICRPの最近のレポート案[118]で示されたように発癌性があると結論づけることは正当化されないと思われるといったことを指摘することは重要である。実際には、気胸のために追跡された女性の研究は500mGy以上の線量にとってのみ有益であり、この線量以下では、過度のリスクは実質的に0であり、9%と言うこともできるが、有意ではない。結核を患っていたこれらの女性は特に最初の妊娠における年齢と子供の数に関して一般的なカナダの人口集団と同じ他の乳癌のリスク要因をもっていることを確認することは同様に興味深くなるだろう。

放射線療法では、線量はさらにかなり高く、高い線量率で管理されている。対象となる部位に位置していない組織は数mGyから数Gyに至るまでのレンジの線量を被曝している。このリスクは数千から数十万人に至る患者を含むいくつかの研究で評価され、それは線量と放射された対象の年齢によってかなり変化する。例えば、癌のリスクの増大は子宮頸癌を治癒し放射線治療を受けた160,000人の女性に見受けられたが、50mGy以下の線量を被曝した組織における発癌性への影響はなかった[34]。同じ線量を被曝した子供において、誘発された癌の超過はさらに大きくなり、誘発された癌のタイプは異なっている。

ヨウ素131を用いる代謝における放射線療法は外部放射線療法よりかなり低い線量率になる。ヨウ素131による線量の管理は大人(甲状腺機能亢進症[110]のために治療を受けた10,000人の患者とシンチグラフィー[72]を受けた36,800人の被験者)において甲状腺癌のリスクを増大させなかった。子供において影響は観察されなかったが研究された子供の数は限られており(20才以下が1900人になり、18人以下が800人になる[99])、彼らの平均年齢はチェルノブイリによって甲状腺癌を患った旧ソ連の子供の年齢よりも高かった。チェルノブイリの後観察された甲状腺癌を患った2000人の関して、80%の患者が事故の当時5才以下だった。一般的にヨウ素が欠乏していたこれらの子供は、高線量率を招いていたヨウ素131やさらに短い半減期(特にヨウ素132)をもつヨウ素に被曝していた。チェルノブイリの結果として被曝した甲状腺をもつ2百万人に子供の間においていくらかは1Gyより高い線量を被曝していたことに注意してほしい。甲状腺癌の超過は旧ソ連の外ではポーランドでさえ観察されなかった。研究はIARCによって、ロシアやベラルーシにおける甲状腺癌を患った子供が被曝した線量の評価において行われてきた。

5.3 子宮における医学照射は"Oxford Study"[75]として知られている大規模な集団の研究の対象になってきた。この研究は癌のリスクが約10mSvの線量で増加すると結論づけた。厳密に行われているが、この研究は弱点がない訳ではなく、いくつかの他のデータと一致していなかった。

5.3.1 広島と長崎において子宮内で被曝し、1992年までモニタリングされた807人の子供において、超過した相対的なリスクの上限は1mGyに対して0.6%[68]になり、それはOxford Studyにおいて得られる値[30]の十分の一であった(5.1%、信頼区間は2.8〜7.6になる)。また、一方でOxford Studyが、他方でMonsonとMcMahonによる研究[185]が、広島、長崎の研究がさらに長い追跡を行ったことに比べて、10才より以前に亡くなった子供に関しいかなるリスクの増加も見出さなかった。子宮内における照射の後様々なタイプの白血病の発生における増加はスウェーデンの研究(再掲198)において見られなかった。これらの研究における非常に限られた数のケースはリスクに値を与えることを困難にしており、何人かの著者[33,208,269]は、Oxford Studyに対する肯定的な見方はバイアスを伴った記憶に関連づけられているかもしれず、照射自体というよりはむしろ妊娠中にX線を求めた母体疾患によるものかもしれないという感じを受けている。

したがって子宮内における照射の発癌性への影響におけるデータは、子供や大人における低線量のリスクを評価するための基礎になる十分な堅牢性をもっていないと思われる。

5.4 全体として、子宮内の照射の結果において例外を伴うこともあるが、正確に行われた疫学的な集団の研究や症例対照研究は、大人の100mSvにおける近似より低い電離放射線の線量に対するいかなる発癌性への影響も見受けられなかった。いくつかのこれらの調査は大規模な集団を研究しており、その規模は広島と長崎の生存者の人口よりかなり大きいものになる。いくつかの情報のソースは欠点を抱えており、その例として放射線科医に対する個々の線量測定の除外(それは研究の説得力を減少させる)が挙げられるが、他はそうではない。これらの研究のいくつかにおいて、線量測定は高い質を伴い、広島と長崎の生存者に対する仮定よりもほとんど少ない数の信頼できない仮定に基づいている。それゆえ疫学的データは200mSvより低い線量におけるLNTの関係を肯定する説得力のある議論を与えていないものの、それらはこの線量のレンジにおける発癌性の影響が存在する可能性を除外していない。利用できるデータと最も密接に一致する関係に対する研究は継続されるべきである。しかし、線量と影響の関係はおそらく顕著に、組織、照射時における年齢、そしてとりわけ線量率とともに変化することを強調されるべきである。唯一のタイプの関係が存在するといった仮定に対する科学的正当性は存在しない。

5.5 長い半減期をもつα線放射性核種による発癌性

現在の知識に基づくと、これらの仮説の間において選択を行うことは困難であるが、これらのデータによると、このタイプの照射において、損傷した細胞の数が少ないとき傍観者効果と放射線によって誘発されるゲノムの不安定性は癌の原因とならないことが示される。またこれらの仮説はLNTの関係が基礎としている条件と一致していない。

6 LNTの関係の妥当性

1956年にRussellによってマウスの生殖細胞系において放射線によって誘発された突然変異を評価するために用いられたLNTモデルは、1960〜1980年の間に人間における全ての変異原性と発癌性に関して放射線防護の規制の目的のために導入された。当時、これは便利な実用的な関係だったが、データに基づいたモデルではなかった[133]。その後人々が発癌性の複雑性や照射に対する細胞の反応の多様性や有効性に気付いていなかった当時、予測値はこの線形性により求められていた。ここ10年間における急速な知識の展開は、低線量(<100mSv)やさらに非常に低い線量(<10mSv)における発癌性への影響を0.2〜3Svの線量のレンジにおいて観察される影響を基礎にして評価するためにLNTの使用が基礎にしている仮説の妥当性を再考することを我々に促すべきである。

6.1 LNTモデルは細胞が線量率や線量にかかわらず同じように反応すると仮定しており、それは死と突然変異の確率(単位線量あたり)そして各々の物理現象の発癌現象に対する影響は細胞や隣接する細胞における傷と関係なく一定のままであると示唆している。この一定である性質は暗黙にいくつかの仮定を認めている。

1. 考慮されている線量や線量率のレンジにおいて細胞における電離放射線の様々な軌跡により引き起こされる影響の間の物理的、化学的、生物的相互作用は存在しない。

2. 細胞の核におけるエネルギーのあらゆる吸収された線量は突然変異に関し比例する確率を示している。正しい修復や間違った修復(単位線量あたり)の確率は常に同じになる。同様に細胞死の確率は線量とともに変化しない。

3. あらゆる傷は癌を生じさせる同じ確率を有し、同じ細胞や隣接する細胞における他の傷の数に関係しない。

6.2 これらの仮定は暫定的に以下のように纏められた現在の放射線生物学の知識と一致しない(§3を参照せよ):

6.2.2 線量率はDNA修復と突然変異の効果に影響している(§3を参照せよ)。シグナル系は5mGy/分以下の線量率では活動せず、細胞死は5mGy以上の線量によって引き起こされ、修復システム(そしてそのための誤った修復の確率)は約10mSvから引き起こされる。

6.2.5 未修復のDNAの傷をもつ大半の細胞は、これらの傷が修復されないときの死によってか、細胞死を引き起こすことによってかのいずれか一方によって除去される。試験管内で損傷を受けた細胞は非常に低い線量で消滅するが、これは10mSv以上の線量のケースではない(§3.3.4 と 3.4.6を参照せよ)。潜在的な変異細胞における除去の効果は線量、細胞系、組織とともに変化する(206、§3.4.5を参照せよ)。Hendryの研究では[104,105]、γ放射の後腸腺窩細胞の細胞死に関して、細胞死は200〜400mGyの線量において安定期に達する。Rothkammの実験[241]は、低線量の照射の24時間後、DSBをもつ細胞が検出されなかったことを示しており、これは、修復が行われないことによる細胞の死か、間違いのない修復と細胞死の組合せかいずれか一方によるものでありうる。線量や線量率が低ければ低いほど[60]、傷はさらに効率的に除去される(§3.4.5を参照せよ)。

6.2.7 実証の試みにもかかわらず、染色体異常の超過は低LET照射による20mSv以下の線量に対し報告されなかった。したがってこの効果に対し閾値が存在するかもしれない。染色体異常による線量と影響の関係における一般的に許容される形式は線形二次になる。このことは長期に亘る照射による線量を信頼できるように決定することを可能にし、事故後の線量に対し再考させるものになる。しかし、線形二次の関係は小さなレベルの異常を予想しているが、低い線量および線量率において効果は20mSv以下において検出されず、それは、線形部分の最初の傾きが100mSv以上の線量から計算される傾きより緩やかなことからか、現実的な閾値(§3.2を参照せよ)に加えおそらくホルミシス効果さえ存在することからかのいずれか一方になる。これは重要な問題になり、染色体転座や染色体欠失が発癌現象において基本的な役割を果たしているからになる。同じ染色体や隣接する染色体における2つ以上のDNAの二重鎖の損傷があるとき染色体異常の発生が観察され、断片の再結合はその初期状態に分子を復元させないか(同じ染色体における反転や転移があるため)、同じ染色体に属しない断片を再結合させることさえあるため、低線量の低LET放射線による染色体異常のためLNTの関係の妥当性が失われてしまうことは驚くべきことではない[62]。したがってこのような間違うことがある結合の確率は限られた量において同時に存在している損傷の数に依存しており、それゆえ線量率とともに顕著に減少し、線量に比例的でなく線量の2乗に比例的になる。LNTは非常に低い線量において染色体異常を予想するために用いられるべきではない(§6.5.3を参照せよ)。

6.3 発癌のプロセス(§2を参照せよ)

前述のように、メカニズムは、組織内の細胞増殖をコントロールするシステムから外れた細胞に対し多細胞生物を保護するために存在する。これらのメカニズムの影響は、克服されることができるか、高線量によって(p53のように原因となる遺伝子の変異が挙げられる)損なわれるかといったことになる。

6.3.1 動物において、種(そしてマウスの系統)、組織、癌のタイプに依存しながら、発癌性における線量と影響の関係は極端に変化するものであり、めったに線形にならない。動物において、閾値が存在しているように思えるのみならず、実験の40%においてホルミシスさえ存在している[79]。線量率は大きな影響要因になる。

6.3.7 癌が非常に低い線量によって誘発されるということについて除外することができない可能性があるが、全ての利用できる生物学的データは非常に低い線量では、細胞死を導くDNAの損傷[60,241]を修復することに失敗することと間違いのないDNA修復との組合せがこのリスクを最小にもしくは存在しないもの[143]にするはずであるといったことを示唆している。これらの現象と活性酸素種の効力をなくす営みはホルミシス効果を説明するかもしれない[49,50,79,86,87,125,130]。ホルミシスは同様に免疫のメカニズムの刺激によって部分的に説明されることができる[157,286]。いくつかの予備的データは、ホルミシス効果が人間において観察されうることを示唆している[55,131,155,285]。

6.3.8 傍観者効果(§3.5.1を参照せよ)とゲノムの不安定性の誘発が低線量において有意な数の癌の原因になる可能性があり、それらは低線量において超線形の線量と影響の関係を導きさえするといった仮説がなされてきた。しかしこの仮説は妥当であるとは思われていない(§3.5を参照せよ)。人間において(§5.5を参照せよ)そして動物において(§4を参照せよ)、α線放射性核種によって被曝した後の閾値の存在は、わずかな細胞が損傷を受けていない組織において影響があるときの傍観者効果の有意な影響を除外することを可能にする。動物のデータ(§4を参照せよ)は、この仮説が妥当でないことを強調し、ホルミシス効果の存在を示している。

6.3.9 疫学(§5を参照せよ)は以下の2つの仮定のいずれかを除外することができない:ⅰ)100mSv以下の線量において検出可能な発癌性への影響が存在しないことは不十分な統計的検出力によるものである、ⅱ)それは、閾値の存在によりあらゆる発癌性への影響が存在しないことに起因している。動物や人間におけるα線放射性核種(ラジウム、トリウム)による被曝に関連したデータは確実に、ある状況において閾値が存在することを示している。科学の厳密性は、普遍的なモデルを調べるとき、我々は最初に50〜100mSvの間の線量に対する全ての疫学的データを分析すべきであり、それから全ての放射線生物学と疫学上の利用可能なデータと一致するモデルを探すべきであるということを求めている。線形性を仮定することは科学的態度でなく、単に用心した姿勢になる。それは、広島と長崎における生存者の固形腫瘍に関する最近のデータと一致していない[224, 291]。20mSv以下の線量における発癌性への影響を推定するためにLNTを用いることは現在の放射線生物学に照らして正当化されるものではない。

6.4 2003年にはBrenner他、数名の放射線科医と疫学者は、LNTの関係を肯定する議論を進める記事を公表した。彼らの結論はこのレポートにおける結論と異なっている。

6.4.1 - 生物学的議論 この記事は、10mSvの線量をともなう急性照射の後、発癌性への影響が人間に生じることを考慮している。この線量において、約10の電子が核を通過し、著者達は適切に、各々の電子による物理現象の間に相互作用がないことを述べている。彼らはこのことから、1つの電子(1mSv)は10個の電子による影響の10分の1に等しい発癌性への影響の原因となっていることを推論する。この推論は細胞に引き起こされた防御反応を無視しており、それは物理現象を考慮するのみであり、最初の細胞の損傷による防御反応を見逃している。各々の電子による物理現象は同一であるが、数mSv(核が数個の電子によって通過されるとき)の線量によって誘発される細胞防御は、活性酸素種の酵素システムやシグナルメカニズムによって解毒作用が活性化される(§3を参照せよ)。

6.4.2 約10mSvの線量で胎児が照射された後の発癌現象の誘発についてはまだ疑義をさしはさむ余地がある(§5.3を参照せよ)。さらに胎児から子供、大人に対して外挿することは議論の最中にある。50〜500mSvの間の線量のレンジで多くの腫瘍部位において、発癌性への影響は年齢にともない顕著に変化している。違いが胎児と子供、幼い子供の間においてさらに大きくなるかもしれないと考えるための理由が存在している。

6.4.3 原爆の生存者において行われた研究

6.4.3.1 全ての著者達は、100mSv以下において癌の発生(全ての年代と両性にとって)における有意な増加は見られないことに同意している。しかし、低線量において有意でない増加があるが、同様の相対リスクの超過(ERR)をともなうため、Brenner他は[43]このことから、人は被験者が均一の集団を構成しているときに5〜125mSvの間の線量をともに被曝する全ての被験者を考慮することが可能であることやこの全体の集団に対して有意な増加が存在することを推論している。この結論は方法論的観点から問題がある。この全体の集団に対して観察された有意な超過は実際、著者達が仮定するように、5〜100msVの集団より5〜125mSvの集団におけるさらに大きい数の被験者による検出力の単純な増加によるものである可能性がある。しかし、それは同様に数十mSvにおける閾値の存在や非線形の関係と一致している。したがって、この超過はLNTを肯定する議論として用いられることができない。

6.4.4 100mSv以下の線量における発癌性への影響を支持するためにこの公表で用いられる他の研究は任意に選択されたと思われる。小児白癬の治療のため頭皮に照射した後の甲状腺癌の研究は線量測定においてバイアスがあり、それはこの低い線量においてリスクが増加することを結論づける唯一の研究になり、一方同じトピックにおけるいくつかの同様の研究は同じ結果を見出していない。ロシアとアメリカの核実験からのフォールアウトにより汚染された地域における子供の白血病について引用される他の2つの調査[65.259]は地理的相関に基づいており、それはこのタイプの研究の限界を示している。彼らの研究は、チェルノブイリ事故[211]の結果に対して行われた同じタイプの他の研究の結果や、広島と長崎の生存者における研究を含む、子供の頃に照射された後白血病において行われた全ての集団もしくは症例管理の結果と一致していない。

6.5 2004年12月にICRPのタスクグループのレポート案がウェブ上に投稿された[118]。それは関連する線量と影響の関係の選択によって生じる問題を議論している。高い科学的質を有するこの文書は最近の放射線生物学のデータを分析している。しかし時として意外にも、閾値の仮説を除外することができず、それはかなり妥当なこととして記されているのだが、様々なセクションと一般的なセクションの結論は、少なくとも暫定的な基礎として、LNTの使用を支持している。主な議論は以下の立場を肯定して進められている。

6.5.1 疫学的レベルでは、子宮内における胎児への影響や気胸をモニタリングするために蛍光透視検査を繰り返した後観察される乳癌を考慮すると、著者達は、10mSvの線量で人間における発癌性への影響が存在するという感じを受けている。彼らは同様に、統計的に有意でないにもかかわらず、他の研究における知見が10〜100mSvの間において発癌性への影響が存在すると示唆していることを考慮している。返事として我々は以下のように言うことができる。

1. 子宮内における照射におけるOxford Studyからのデータは信頼できないものであり、LNTに対する科学的妥当性を与えることができず(§5.3や§6.4.2を参照せよ)、さらに彼らの関心は胎児にある。子供や大人に対する外挿は注意を必要とするものになる。最後に、仮にこの効果が確認されたとしても、我々は約10mGyの線量が間違った修復の原因となる可能性がある修復システムを有効にする一方、これらのシステムはさらに低い線量によって有効にされないことを知っているので、それは10mSv以下の線量に対する外挿を正当化しないだろう[60,241]。

2. 繰り返されたX線検査の発癌性への影響は、蓄積線量が0.5Gyをこえるときのみ観察される。事実、ICRPのタスクグループ[113]によって引用された文書の中で調査された集団におけるごく少数の女性は500mSv以下の線量を被曝していた。この文書はこれらの線量におけるいかなる情報も与えていない。そのためこの研究は、もし累積線量が500mSvかそれ以上に達するならば、10や20、30mSvのオーダーの線量が追加的な影響を及ぼす可能性があるが、10mSvが発癌性を示す訳ではないことを明らかにしている[113]。

6.5.2 放射線生物学のレベルでは、著者達は、電離放射線により誘発された高い比率の傷は修復するには複雑で難しく、それゆえ内的原因の傷と比較することができないと示唆している。加えて、彼らは同様に、細胞死は効率的なメカニズムであるが、全体としてそれが効果的であると示唆するものは何もなく、それゆえいくつかの損傷を受けた細胞が生き残り、コントロールを避け、最初の細胞のクローンを生じさせることができるということを強調している。

これらのコメントは適切であるが、返答として我々は以下のような指摘をすることができる。

1. 修復することが難しい複雑な傷をもつ細胞は死(分裂死や細胞死)によって除去されることを避けるだろうといったことはありそうもない。

2. 実際には、LNTに関する問題はここには存在しておらず、それは、ゲノムの傷の数が低いか高いかによって間違った修復の確率が同じになるかどうかを発見することになる。LNTモデルは、損傷が切り離されているかもしくは同じ細胞や隣接した細胞における他の損傷と関連しているかどうかに関係なく、各々のDNAの損傷が正常な細胞を腫瘍細胞に変える確率やこの腫瘍細胞が浸潤癌を生じさせる確率が一定であるといった仮定に基づいている。むしろ驚くべきことに、この重要な問題はそのレポートにおいて取り扱われていない。しかし、全ての利用できるデータは、この確率が実際線量にともなって変化していることを示している(§3を参照せよ)。同様に、細胞死の効果は一定でなく、線量にともない変化している。もしp53のように関連した遺伝子が損傷されているならば、細胞死は起こらない。

調整のコントロールから逃れるケースは常にありうるが、もし組織がその損傷を受けていない組織を保持しているならば、それは起こりそうもないだろう(§5.5を参照せよ)。さらにいくつかの組織、例えば小腸、骨、皮膚、そして胸や大人の被験者における甲状腺でさえ、数百mSvの線量における発癌性への影響がないとの議論は、ゲノムは細胞において同じであるので、組織構造や防御メカニズムの重要性を強調している。甲状腺や胸にとって、小さい子供に見られる放射線発癌性の間の違いは組織の系統や細胞間の関係を例証している。後者は強く発癌性に影響している(§2を参照せよ)。

6.5.5 著者達は動物におけるデータがLNTモデルを支持しているとの感じを受けている。我々の結論はこの点に同意していない(§4を参照せよ)。我々はホルミシスの重要性を見落とすべきではないとの感じを受けている。ホルミシスは動物の実験[79]の40%において報告されており、さらにホルミシスの生物学的基礎は現在理解されていると思われており[87]、その存在は確かなものである[50]。またTanookaのメタ分析[262]は、実際、全ての実験における腫瘍に対する実用的な閾値が存在すると示している。単純にDDREFを導入することがこれらの事実を考慮に入れることを許容するだろうという観点は正当化されるように思われない。線量率や動物における発癌性における分割の影響は、現象が複雑すぎてLNTモデルによって考慮されることができないといったことを示している。

6.5.7 結論:この高い質のレポートは、我々が10mGyのオーダーの線量で発癌性への影響の可能性を除外することができないと示している。しかし、発表された議論を分析すると、この影響が、もし存在するならば、このような線量にとって非常に低くならなければならないと明らかにしている。著者達は、線量と線量率に関連した防御メカニズムの影響における違いを分析している。彼らのレポートは、防御反応の影響は一定であり、現在のデータと一致していないのだが、それを仮定している。それは10〜100mSvにおけるLNTモデルの妥当性を確立していない。たとえ完全に除外されることができないとしても、5mGy以下の線量に対する発癌性への影響の仮説はありそうもない。しかし、一方で、X線検査における便益と費用をバランスさせるときに非常に仮想的なリスクを重視することは有害になるだろう[274]。大半のX線検査は5mGy以下の線量を被曝するが、それらのリスクの評価は妥当な科学的データに基づかなければならず、このリスクの過大評価は集団における健康に有害な影響を与えるだろう。特にLNTモデルは全ての固形腫瘍を纏めて考慮するので、それを非常に低い線量の影響を評価するために使われることはできない。この蓄積された研究において、関連した各々の癌にとって線量と影響との関係が異なっていることを唯一の理由として、その関係は線形であると思われてもよい。

準備段階のICRPのレポート[118]の冒頭で、LNTモデルの直接の結果である集団線量の考え方は、多数の被験者に対して管理された非常に低い線量は少数の被験者に対して管理されたさらに高い線量と同じ発癌性への影響を有することを仮定しており、利用できるデータはこの仮定を支持することが述べられている。現在のレポートは逆の結論になり、それは、所与の集団線量にとって、リスクは線量が20mGy以下であるときよりも0.2Gy以上の線量を被曝したときのほうがかなり大きくなることを考慮に加えている。

7 線量と影響の関係の含意

7.3 線量と影響の関係の選択は放射線防護の観点から公衆衛生の優先順位に影響を及ぼす。もしLNTモデルを採用するならば、効率性に対する追求はさらに大きい数によって被曝される低線量を減少させることを促す傾向になるだろう。一方、もし低線量が非常に少量存在するかもしくは危険性がないと考えられているならば、この費用がかさむ削減は不必要であり、取り組みはその代わりにさらに高い線量を減らすためになされるべきである。この例はいかなる予防戦略であれ潜在的にリスクの量的評価に基づいていることを示している[295]。

7.4 医療において同様に、最も脆弱な被験者に最も高い線量を被曝させる検査(子供におけるCTスキャン)に焦点をあてるよりむしろ最も一般的な検査(胸部X線)における取り組みに集中することが促される可能性がある。我々は以前の戦略が生産的でないことを危惧している。医療では、電離放射線を用いる診断上もしくは治療上の処置はあらゆる医療処置のように正当性の原則を条件としなければならない。法律は明示的に、照射のリスクが患者に期待される便益に対し比較考量される措置に含まれることを要求しており、2つの潜在的な健康上のリスクを比較する必要がある。LNTといった線量と影響の関係に基づいたリスク評価[24]は、X線検査のリスクを過剰に評価することを導くことがあり、そのためこれらの検査における便益とリスクの比較を歪める形になるだろう[274]。

- したがってLNTの関係は架空のリスクを理由にして役に立つ検査を阻むことを促す可能性がある。逆にもし我々が、リスク(単位線量あたり)が線量とともに増加していると考えているならば、そのときの取り組みは、検査(例えば子供にとってのCTスキャン)やそれらの頻繁な繰り返しが20、30mSvより多い線量を促している状況に焦点をあてるべきである。この戦略は、さらに費用がかさみおそらく効果的でない全ての検査に対する線量を減らす試みより適切であると思われる。

7.5 最後に、このLNTの関係がしばしば多数の人々にとって不正確に適用され、LNTモデルの基礎における大きな集団によるわずかな線量の影響を増加させている。この誤った使用の一例は、数百万人の人々が数μSvに被曝したときに誘発される死亡者数を計算することになる。UNSCEARやICRPが指摘しているように、集団線量に基づくこれらの計算はいかなる意味も有していない。それにもかかわらず、いくらかの人々はまだそれらを適用しており、そのことが不適切な結論を導いている(実際、チェルノブイリ事故の後における大集団の避難が挙げられる)。あらゆる科学的に正当な理由なしに、これらの計算は、放射線の非常に小さな線量でさえ危険であるといった考えを広めている。放射性廃棄物における議論やLNTモデルに基づいたリスクの計算は、この関係やLNTに基づいた計算が生物学的、医学的問題の理解に寄与せず、逆に、それらをさらにあいまいにする可能性があることを示している。

8 提案

8.1 分子生物学の新しい技術のおかげで、細胞小器官や細胞のレベルで放射線の作用のメカニズムや電離放射線の発癌性への影響に対する細胞、組織、そして生物全体の防御反応を理解することにおいてかなりの進歩が過去10年間においてなされてきた。攻撃から身を守るために生きている生物の能力は驚くべきことではなく、19世紀には確立されていた(Claude Bernard)。それなくして、生きている種は生き残ることができないだろう。生物学における進歩はこれらのメカニズムのより良い理解を可能にしてきた。それにもかかわらずさらに詳細な調査が可能であり、行われるべきである。

防御メカニズムの効果、細胞によって用いられる戦略の多様性、発癌性のリスクを減らし、除去する組織や生物全体が現在より良く理解されている。それらは強く、閾値や実用的な閾値が存在し、動物においてと同様に、いくつかの癌の部位において、ホルミシス効果さえ存在していることを示唆している。電離放射線や紫外線のある海の中で進化してきた30億年の間、生命は、自然放射線(1〜20mSv/年)により被曝したのと同じオーダーの大きさの線量による有害な影響を妨げることが可能である防御や修復のシステムを発達させてきた。これらの防御はさらに高い線量において損なわれ、中間のゾーンの線量の影響が、特に高い線量率における20〜100mSvの線量や低線量率における適度な照射(500mSv)に対して決定されるべきである。これらの分野において、取り組みが疫学(メタ分析、異なったタイプの癌の頻度や影響を及ぼされる被験者の年齢における分析)や細胞生物学においてなされるべきである。

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2016・11・15 改訂
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このページは、Suzuki TakashiがMay 9, 2011 12:59 PMに書いた記事です。

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